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タクシーから下りれば、そこは通い慣れた多様性入り乱れる夜の歓楽街。
常に注がれる様々な感情を含んだ視線。馴染みのある声からの挨拶と黄色い歓声。
すれ違い様にちらりとでも女性と目が合えば、僅かばかりに微笑を投げかける。それだけで固まる女性に更に片端だけ口角を上げる──そんな毎日を過ごす俺は、愛という名の嘘を振り撒くことを生業としている。
ふと店の前で待つ1人の女性を遠くで見つけたと同時に小走りで駆け寄ると、
「遅いよぉ、レンくん!」
「待たせてごめんね?今日来てくれるって知ってたからすげぇ楽しみにしてたんだけど、」
あざとく膨れてみせた常連客の肩に腕を回して引き寄せる。
「俺、どんな服にしたら君に合わせられるかなって考え続けてたら時間かかっちゃって。──予想超えてたわ。似合ってるし、今日すげぇ可愛くない?マジで嬉しい。」
体験入店から矯正された営業用の言い回しには、未だに我ながら寒気がする。敢えて『何が』を褒めることなく思ってもいないことを言うついでに吐き出しそうなのは、砂糖か吐瀉物か。それを助長するように煽る、いつも以上に気合いが入った苦手な香水の香り。
込み上げ続ける吐き気に耐えて平静を保ちつつ甘く囁けば、こちらの気も知れず簡単に紅くなっていく彼女の耳元。してやったりと彼女の死角を理由に思わず口角が上がる。
「レンくん今日、お店終わったら…ずっと一緒にいてくれるんだよね?」
「うん、勿論。前からしていた約束でしょ?」
「朝まで?」
「そうだよ。でも、本当にいいの?」
「いいの。今日のために私いっぱい頑張ったんだよ!」
食い気味にそう放った彼女はどう見ても社会人になってから浅い。ひとまず可愛いと褒めたその風貌は、高見え風のプチプラそのもので上から下までハイブランドと呼べるものは一切なく。それでも何故かたまに羽振りだけは良く、被りにも張り合うことも多々ある。…結果、掛けになることが殆どだけど。
借りれるとこから借り、稼げるだけ稼ぎ、自己投資には節約してでも逢いに。そんなパンク直前な自転車操業にも気付くことはなく、最終的には俺を自分だけのものにしてしまいたい。そんな魂胆であることは目に見えていた。
「ほんと?嬉しい。じゃあ俺も君の頑張りに負けないように頑張るから。」
──例え彼女が今後金欠に音を上げたとしても。無理をさせてでも、俺が『頑張って』絞りに絞ってあげる。
カネという対価を払って得た偽りの愛にでも縋るほど、狂いに狂った人が集うこの歓楽街。
その街で俺は1番なんだって。
俺に堕とせない人間なんて、いるわけがない。
「レンくん?」
「ん?」
間接照明が柔らかく照らすベッド上。彼女は傍らに置いていたフェイクブランドのセカンドバッグから、銀行のロゴがデザインが印字された長3サイズの封筒をサイドテーブルにそっと置く。僅かな厚みでも、申し訳程度に折られた封筒の口が開いている。
「これ…ここに置いとくね。ホテル代と個人的なアフター料。それと…ちょっとだけど、レンくんの応援になるならって。」
言葉に出されるまで、一連の動作に気付いていないフリをして煙草を燻らせながら、横目で中身の金額を察する。厚みからして帯紙1枚分。彼女に悟られないように、肺を通過して吐き出された紫煙に小さく溜息を混ぜ込んだ。
───足りねぇって。とは、当然口に出すことは許されず。
「…そんなに貰えないよ。いつも店でも沢山お金出してくれてるのに。」
「今日は私のワガママに付き合ってくれたもん。だからいいの、受け取って?」
「でも、」
「大丈夫だから!これからも変わらずお店に行くし、ね?」
振り返ったその少し引き攣った明るい笑顔に俺の心はぎゅっと締め付けられ…る訳がない。いや、《ね?》じゃなくて。そもそも全くもって割に合ってねぇんだって。反射的に飛び出しそうになるそんな言葉を必死に飲み込み、
「本当、ありがとう。」
その代わりに、彼女ではなく間で漂う煙草の煙を見つめながら。上っ面だけで愛おしげに呟き、全ての本心を半分も吸っていない煙草に八つ当たりの如く預けきって火種を揉み消す。多少の勢いがあったからか、まだ長さを残した煙草は途中でぽっきり折れてしまった。
まるで、彼女の今後の資金への期待値を表すように。
「それに、もしかしたら会える頻度が減っちゃうかもしれないけど、お仕事増やして、今までよりもっと、」
「ねぇ。」
感謝の言葉にも返すことなく、徐々に必死な口調になっていく彼女に沸々と苛立ちが募り出していく。少しでも紛らわせればと彼女の唇を塞ぎ、五月蝿い囀りを止めた。
「朝までまだ時間あるから、もう一回したい。…ダメ?」
「えっ?レンく、」
頬を一撫でして。そうして流れるように彼女を巻き込み再びベッドに沈み込む。でも、多額な支払いを散々掛けにしておいて、アフターでもこんな端金しか払えないくせにさ。
そんな夢見がちなお前とは、これでもう終わりね?
そんな俺の薄っぺらい感情も露知らず、抱かれるだけで『彼氏』のように錯覚できるなんて。君にとってはその一瞬だけでも幸せなのかもしれないね。
…ねぇ、解ってる?俺、初回来店を最後に君の名前を一度も呼んだことがないんだよ。そんなことも気付くことなく夢心地なんて。
──ほんと、気の毒な女。