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ゆうき あきや
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厚揚げ衣
20
なんたろ
1
いちご@ホロオタ×ぴちりす
295
第46話:魂が抜けた配信〜善意という名の暴力と、税金の無限ループ〜
三月上旬。帯広市の冷たい夜風が、ボロアパートの窓ガラスを容赦なく叩いている。
暖房は切ってあるが、寒さは全く感じなかった。なぜなら、俺の心はすでに絶対零度にまで凍りついていたからだ。
部屋の中心で七色に妖しく光る、三十一万八千五百円のゲーミングPC。
その前に座る俺は、まるで魂を抜かれた抜け殻のように、焦点の合わない目でウェブカメラを見つめていた。
時刻は午後九時。
俺は、震える指でマウスをクリックし、配信の開始ボタンを押した。
『【悲報】俺の全財産が国に没収されます。というか、足りません』
配信がスタートした瞬間、ミリオンVTuberとなった俺のチャンネルには、瞬く間に数万人のリスナーが雪崩れ込んできた。
『タイトルwwww』
『おっさん、顔死んでるぞww』
『税務署の窓口で何があったww』
『ジェミニ先生、おっさんのHPがゼロです!』
『ついに年貢の納め時か』
滝のように流れるコメントを、俺は瞬き一つせずに見つめていた。
そして、マイクに向かって、カスカスの枯れた声で話し始めた。
「……おい、お前ら。よく聞け。日本という国は、法治国家でも資本主義国家でもない。ただの巨大な『カツアゲ組織』だ」
『主語がデカいww』
『国税庁に消されるぞ』
『敗北者の弁』
「笑うな……。お前ら、俺の口座に二百七十万の貯金があるの、知ってるよな。俺は今日、税務署の窓口で、意気揚々と『八十四万の所得税なら払ってやらぁ!』ってドヤ顔したんだよ」
俺は、税務署でもらってきたばかりの数枚の納付書と、職員が裏紙にメモしてくれた『今後の概算』の紙を、カメラの前に突きつけた。
「いいか!? 今すぐ払う所得税が『約八十四万』だ! そして六月に来る住民税が『約七十万』! さらに毎月払う国民健康保険料が、なんと上限MAXに到達して年間『約百万』! 極めつけに、今年の夏と秋に来る予定納税が合わせて『五十六万』だ!!」
息継ぎなしで一気にまくし立てる俺。
カメラの向こうの数万人のリスナーが、その強烈すぎる「リアルな数字の暴力」に一瞬だけ沈黙した。
「全部足して、およそ『三百十万』だぞ!? 俺の全財産かき集めても、四十万円足りねえじゃねえか!! 稼いだ金以上に税金で持っていかれるって、どういうバグだよ!! 借金して税金払えってのか!!」
俺の悲痛な絶叫が、帯広の四畳半に響き渡った。
限界みそラーメンの案件をこなし、アリスに説教をしてミリオンVTuberにまで登り詰めた結果がこれだ。
栄光の代償は、俺の全財産と、未来の借金だったのだ。
すると、一瞬沈黙していたチャット欄が、堰を切ったように大爆発を起こした。
『wwwwwwwwww』
『国保MAX到達おめでとう!!!www』
『フリーランスが通る道ww』
『稼ぎすぎた結果、税金で首が回らなくなる男』
『310万のカツアゲは草』
『鈴木さん(ケースワーカー)大歓喜だな!』
同情の声など一つもない。
むしろ、リスナーたちは「底辺だったおっさんが、ついに国から一人前の納税者(養分)として認められた」という事実を、腹を抱えて喜んでいた。
「笑い事じゃねえんだよ!!」
俺は三万円のゲーミングチェアから立ち上がり、マイクを両手で握りしめた。
「だいたいな! こうなったのは全部お前らのせいだろ!! 俺が『消費税の壁が怖い』って泣いた時も、『アリス様を救ってくれてありがとう』って時も、お前らが面白がって何万、何十万って赤スパ(高額投げ銭)を俺にぶつけまくったからだ!!」
俺はカメラに向かって、血走った目でリスナーたちを睨みつけた。
「お前らのその『善意』が! 俺の利益率を異常なまでに跳ね上げ! 累進課税のステージを一段階上に引き上げやがったんだよ!! お前らは俺を応援してるふりをして、俺を税務署という名の処刑台に送った極悪人だ!! 責任取れェェェ!!」
俺の渾身の逆ギレ。
自分の無計画さを完全に棚に上げた、四十歳とは思えない見事な責任転嫁である。
だが。
俺のチャンネルに棲みつくリスナーたち(通称:保護者)と、アリス騎士団たちの『狂気』は、俺の想像を遥かに超えていた。
『スパチャ:50,000円(そうだったのか! 悪かったなルシフェル! これ、足りない40万の足しにしてくれ!)』
『えっ』
『スパチャ:10,000円(納税おめでとう和尚! 足りない分のお布施です!)』
『スパチャ:50,000円(国保MAX到達記念! 騎士団第一支部より!)』
『スパチャ:10,000円(住民税の足しにしてね!)』
『スパチャ:50,000円(とりあえず借金は回避させてやるよ! ほら、金だ!)』
「…………は?」
俺の目の前のデュアルモニターが、かつてないほどの極彩色の光(スーパーチャットのエフェクト)に包み込まれた。
数万円単位の赤いお札が、まるで狂ったスロットマシンのように、画面の下から上へと途切れることなく打ち上げられていく。
「お、おい……ちょっと待て。お前ら、何して……」
『足りないんだろ?』
『俺たちが払わせてやるよ』
『アリスちゃんの恩人を、税金ごときで破産させるわけにいかねえからな』
『ミリオンVTuberの意地を見せろおっさん!』
十万人の同接を誇る俺の枠で、数万人の人間が「おっさんの税金を肩代わりする」という謎の使命感に燃え、怒涛の勢いで金を投げ始めたのだ。
配信画面に表示される『本日の収益』のカウンターが、十万、二十万、三十万と、恐ろしい速度で跳ね上がっていく。
普通なら、泣いて喜ぶべき状況だ。
リスナーの温かい支援によって、足りなかった四十万円の借金が、今この瞬間、まさに埋まろうとしているのだから。
だが。
俺の脳内には、鈴木さん(鬼教官)に叩き込まれたばかりの『税制のルール』が、冷酷なアラートを鳴らし続けていた。
「ま、待て……! ストップ! ストップだお前ら!! スパチャを止めるんだ!!」
俺はカメラに向かって、両手を激しく交差させて絶叫した。
「いいか!? 今お前らが投げてるその金は、確かに俺の口座に入る! 足りない四十万は払えるかもしれない! だけどな!!」
俺の顔面は、恐怖で完全に蒼白になっていた。
「今、俺の口座に入ったこの金は……『今年の売上』としてカウントされるんだよ!! つまり! お前らが今投げたこのスパチャのせいで、俺の『来年の税金』と『予定納税の額』が、さらに雪だるま式に増えることになるんだよォォォォ!!」
『あ』
『wwwwwwwwww』
『そっかwww 今年の所得になるのかwww』
『税金の無限ループwwww』
『払うために稼ぎ、稼いだせいでまた税金が増える地獄www』
「やめろォォォ! 投げるなァァァ!! 俺の今年の売上をこれ以上増やすなァァァ!! 消費税の課税事業者の壁(一千万)まであと少しなんだよ!! お前ら俺をインボイスの地獄にまで叩き落とす気か!!」
『スパチャ:50,000円(いってらっしゃい、インボイスの世界へ!)』
『スパチャ:10,000円(来年の確定申告も楽しみにしてるね!)』
『無限納税編・スタート』
「ああああああああああ!! だから投げるなっつってんだろバカヤロウ!! 国税庁の回し者かお前らはァァァ!!」
帯広の深夜。
四十歳の新米個人事業主の悲痛な絶叫は、リスナーたちの大爆笑と、無慈悲に降り注ぐ『善意という名の暴力(課税対象の札束)』にかき消されていった。
税金を払うために金を稼ぎ、金を稼いだ結果、さらに巨大な税金が襲いかかってくる。
これぞ、資本主義の真骨頂。
俺の魂は、終わりの見えない『無限納税ループ』の入り口で、完全に燃え尽きるのであった。
コメント
1件
第46話、読み終えました…!もう冒頭から「絶対零度に凍りついた心」って表現が、おっさんの憔悴具合を一瞬で伝えてきてすごいです。そして税金の数字を並べた畳みかけ、リアルすぎて笑うしかなかったです。でも一番グッときたのは、リスナーが善意でスパチャを投げれば投げるほど無限ループにはまっていく構造。善意が暴力に変わる瞬間の描き方が絶妙で、コメディなのに背筋がゾクっとしました。また続きが気になります!