Side.嶽丸
なんか変だと思ったから、話を聞こうとしただけだ。
なのに、そんなに簡単に俺の胸におさまってくるなんて意外すぎる。
もっとこう、大人のバリキャリってイメージだったんだけど。
本当は…か弱いのか?
…そして寝るってなんだ…?!男の胸におさまって、そのまま眠ってなんかされたことないのか?
まさか…経験不足?
いやいやいや。
待て待て待て。
心臓がうるさい。いわゆるドキドキするというやつだ。
このドキドキは、女の子を抱くときのムラムラとはちょっと違う。
もっとこう…手足の自由が効かなくなるような、全身が硬直するような…そんな感じ。
そっと…両腕を美亜の背中にまわしてみる。
…ずいぶん余白がある。
ということは、美亜はだいぶ細い。見た目でわかってたけど、こうして実際に抱きしめてみると、その細さを実感する。
ヘアショーの運営を任された…とか言ってたな。通常の仕事に加えて、ってことだろ?
…この細さで大丈夫なのか?
「…嶽丸」
目を覚ますか…と思ったら、なんとより強く抱きついてきて、俺を押し倒してきた美亜。
そっちがそうくるなら…
確かこのソファ、ベッドになるやつだ。
俺は手を伸ばして背もたれがひっくり返るレバーを引く。
そっと美亜を倒れた背もたれ側に寝かせ…
俺もぴったり寄り添って横になる。
もちろん、腕枕。遠慮せず腰のあたりを抱き寄せた。
照明はもともと薄暗い。
このまま抱き合って眠って、翌朝目が覚めたら、美亜がどれほど驚くかと思うと…
いや、その前に俺が眠れないかも。
美亜が足を絡めてきた。
暑くなってきて、俺もハーフパンツだ。
お互いの生足が絡まれば、その柔らかさに途端に落ち着きがなくなる。
そういえば最近遊んでない。
美亜の部屋に転がり込んで、うっかり家政夫なんてものをやってたら、遊ぶのを忘れていた。
メッセージもやたら来ていたっけ。
ろくに見ないで捨てていた。
あぁ…こんなことになるなら、せめてスッキリした体でいるべきだった。…俺としたことが…!
ふと眠る美亜を見下ろした。
俺の荒れ狂う煩悩なんて知らずに、安心して眠っている。
まつげ長いな…
薄暗くてもよくわかる。
規則的な寝息、俺の腰のあたりに巻き付いた細い腕…ちょっとポッテリした唇…
…もしかして、仕掛けてもいい場面じゃないのか?
何を迷ってるんだ?俺は。
俺が手を出して怒った女の子は過去にいない。
というか、出してほしくて仕掛けられていたほうだ。
なのに美亜は本気でガン寝してる。
狸寝入りならすぐわかる。
でも美亜には…そう簡単に手は出せない。
俺が遊んでる女の子とは、わけが違う。
健の従姉妹だから?
いや…
手を出して怒られて追い出されると困るから?
…違うような気もするけど…もうそういうことにしておく。
なんとなく美亜には簡単に触れちゃいけないような気がするんだ。それを怖じ気づいてると言うなら言え。
ただ…疲れている美亜を、しっかり眠らせてあげたい、とは…ものすごく思う。
抱きしめる腕に自然と力が入って、より強く抱き寄せたら、腰にまわった美亜の手が、探すように俺の背中のシャツを握った。
ただ…キュン、とした。
翌朝、ブラインドの隙間から朝の光が差し込んできて、柔らかく室内を照らす時間。
美亜の長いまつ毛が動いた。
「嶽丸…?」
「うん。嶽丸です」
「ごめん、ここで寝ちゃったんだ…」
案の定、美亜は密着していたのが俺だとわかって、オタオタと離れて身なりを整える。
「美亜が離れてくれねーから。ここで寝かしつけてやった」
「嶽丸、目が真っ赤」
「…気のせいだ」
起きたついでに朝食を用意してやると、恩着せがましく言ってみた。
「わーい!今日もお粥にして。それから半熟のベーコンエッグと、ブルーベリーソースをかけたヨーグルトも!」
「は?メニュー指定すんのか?」
「うん。あと、生オレンジジュース!」
冷蔵庫にあるオレンジを俺の力で絞れと?…
今まで、朝食は用意してもらう方で、作ってやる方じゃなかった。
熱い夜を過ごした翌朝、女の方が早く起きて、かいがいしく俺に慣れない料理を振る舞うのが普通だ。
それなのに、今の俺はなんだ?
まぁ、熱い夜は過ごしていないが、眠れない夜は過ごしたんだぞ…?
「…顔洗うついでにシャワーしちゃった」
濡れ髪をクリップで止めてキッチンに現れた美亜。
ほのかな石鹸の匂いがして…
俺の匂いを消してしまったのか、と思う。
俺の方は、一晩中抱きしめた美亜の匂いが立ちのぼって、わけのわからない気持ちになっているというのに。
美亜は俺に用意させた朝ごはんをキレイにたいらげ、渾身の力で振り絞ったオレンジジュースを飲む。
「皮まで絞った?ちょっと苦い!」
「…あ?寝起きで最弱の俺に馬鹿力出させておいて…」
ちょっとムッとして言ってやれば、パッと両手で口元をふさぎ、目を見開く。
「…ごめん!そういう意味じゃなくて…失言、許して!」
大げさに手を合わせるから、思わず笑ってしまう。
俺に文句言う女なんて、ホント美亜が初めてだわ
「お詫びに皿洗いは私が…」
「いいよ!滑って転んでケガするぞ?」
「…どんな皿洗いよ?!」
昨日と同じように、30分くらいで身支度をして、美亜は慌ただしく玄関に向かった。
「嶽丸…?」
急ぐなら玄関の鍵を閉めてやろうと、後ろからついて行った俺に、靴を履いた美亜が振り返る。
「あの…昨日ありがとね。久しぶりに男の人と一緒に寝て、何だかいろいろチャージできた気がする。
…癒された。すごく…」
…なんでそんなに頬を染めて言うんだよ。
わけのわからない焦りを感じて、とっさに何も言えない…
なんか昨日からずっと、謎の「わけのわからない」に困ってる気がする…
「じゃ、行ってくるね!」
「…美亜」
何か言おうとしたわけじゃないけど、何でか名前を呼んでいた。
「一緒に寝て元気になるなら…いつでも俺を使えよ」
「うん…ありがと!」
パタン…っと、ドアが閉まってもその場に突っ立っているのは、意外なほど笑顔が可愛かったから。
…ちょっと待てよ。
「あいつ、今日で何連勤してんだ?」
コメント
1件
ただキュンして 家政夫して 美亜ちゃんの事だけ考えてればいいの〜!!! そしたらそのよくわからない気持ちがわかるよー!!! 遊びの女どもなんて切っちゃえ!!! 言ってたスッキリした体、これはもう御自分でね🤭ꉂ🤣𐤔