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『もう、いい加減に諦めたら?』
「私の見ている、悪夢ね」
エトワール・ヴィアラッテアが、幽霊のように私の前に現われた。足が透けている気がするし、全体的に輪郭も薄い。
そして、何より真っ白な空間であることから、これは夢か何かだと、私は考えることにした。
もう逃げないって決めたし、絶対に負けないって決めたし、約束したから、こんな悪夢を見たところで、私は怖じ気づかないって決めたのだ。
『アンタは絶対不幸になるわ。だから、今のうちに私に身体を明け渡しなさい』
「いや。あと、私に粘着するのやめて、迷惑なの。アンタが、私の幸せを奪うなんて……奪った後に幸せになれるとでも思っているの?」
『アンタ、何も分かっていないのね』
と、エトワール・ヴィアラッテアは吐き捨てるように言った。
どうせ負け惜しみだろうと、私はグッと拳を握る。ここで負けたらきっと身体を奪われるから。確かに、今の生活が幸せかと言われたらすぐに答えられないと思う。不幸なことが多かったし、何より辛い思いをして、でもその上で成り立っているような生活だから。でも、この生活から解放されたいとか言う思いはなくて。
アルベドがいてくれるだけで、それだけでよくて。
勿論、恋人のリースにあいたいわけじゃないけれど、私のせいで、皆が不幸になるのだけは避けたかったから。
私は今の私を肯定する。
私が、挑発的に、エトワール・ヴィアラッテアを見れば、彼女の怒り狂った瞳と目が合った。
『アンタのせいよ』
「私のせいにしないで」
そう私が言えば、大きな舌打ちが、真っ白な空間に響く。その瞬間、ピカリと何かが光って、私は思わず目を閉じてしまった。
「ん……え?」
そうして、次の瞬間目を開ければ、そこには知らない光景が広がっていた。
何て書かれているか分からない札を持って叫ぶ人、罵倒や憎しみの声。それを一身に受けていると、身体が震えていた。
まるで、処刑場に集まった観衆みたいに。
「え、何、これ……」
手には跡ができるくらい強く縄が結ばれており、何かに引っ張られるように私は一歩踏み出した。
自分の意思に反して動く身体に恐れを抱きつつ、私は、見えてきた大きな断頭台を見て、一気に血の気がひいた。夢だって分かっているけれど、自分に向けられている憎悪の目も声も、肌に触れる生暖かい風も、雨の匂いも偽物だとは思えなかった。
まるで、これが現実だというように。
「いや……待って、こんなのって」
『アンタの行き着く先よ?どう?苦しみたくないのなら、早く絶望して私にその身体を返して?』
クイッと顎を捕まれ、強制的に上を向かせられる。私の目に映ったのは、エトワール・ヴィアラッテア……じゃなくて、前世の私の姿だった。オタクで、陰キャな私が絶対浮かべないであろう顔を浮べて、私を見下ろしている。
意味が分からなかった。
冷や汗が流れ、彼女の手を振り払おうとしたけれど、身体が恐怖に震えて動かなかった。彼女がバッと手を離せば、私の身体は、恐ろしい断頭台へと上がっていく。
実際に見たことは無かったそれだが、何処か親近感があった。デジャブみたいな。
(ああ、そうか、これ……)
エトワール・ヴィアラッテアが、ヒロインストーリーで見せた断罪シーンだ。
混沌に完全に飲み込まれる前に彼女を捕まえることが出来たら、見える処刑シーン。あの時は悪女成敗! って思って見ていたけれど、実際それを前にして、私は笑えもしないし、正義感も何もわいてこなかった。
ただただ恐怖を感じ、絶望を感じる。
夢なら覚めて。と、心の中で叫ぶが、唇は乾ききって動かなかったし、視界もぼんやりとしてきた。涙が伝っているんだなって自分でも分かって、これが夢なのか現実なのか分からなくなる。フランス革命の時、殺されたマリーアントワネットもこんな感じだったのだろうか。憎悪のなか、でも、最後まで気高く生きて死んだ女性。私は、アントワネットにはなれない。
首と手を固定され、見える景色が変わった。
抵抗なんてさせて貰えず、私はただその時が来るのを待った。待ちたくもない。だって、でも、これは夢で。
痛いのかな。でも、断頭台……ギロチンって見た目は凄いけど痛みはないんだよね。なんて、自分の身体と既にお別れしたような言葉が出てくる。
どうしてだろう。
何でだろう。
私が悪かったの?
その瞬間がきたようで、観衆はわああっとわく。そんな声嬉しくない。きっと、悪女を成敗できるんだって喜んでいる。私が何をしたって言うの?
(私が何をしたって言うのって……此の世界にきてちょっとしたくらいで言った言葉だっけ)
もう、かなり遠くまできた。そんな感じがした。
旅っていうほどの旅じゃなかったけど、色んなところに行って、自分を認めてくれない人の方が多いなか、私を好きだっていってくれる人にも出会えて。それで、幸せだったんじゃないかって。
夢でも、私は死ぬんだ。嫌われているんだ。そう思いながら、振り下ろされる大きな刃物が私の首を胴体と切り離す。
少しだけ、死んだ後も意識が残っているんだっけ、と軽くなった頭が断頭台から落ちていく。皆、気持ち悪いというように私を避けて、コロコロ転がった私は、誰かの足にぶつかった。
目線をあげることしか出来なくて、私は薄れゆく意識の中で、その誰かを見上げた。眩い黄金が視界の端にちらついた気がする。そうして、その誰かははっきりと口にした。
「悪役には死を……ざまあないな」
それは、確かに私の好きな人の声だった。
最悪の悪夢。未来の夢。
「ああっ!」
はっ、はっ、と自分でも分かるくらい動悸が速くて、息が上がっていて、汗がべっしょりだった。顔に張り付いた髪の毛を払う余裕もないくらいに、私は慌てて首を押さえた。ちゃんとついている。でも、そこにはピリッとした痛みが走って、私は顔を歪めた。
夢だったはずなのだ……あれは夢だ。未来じゃない。
「はっ、あ……う、うぅ」
身体を抱きしめ、震える自分を安心させるように何度も「大丈夫だから」と呟く。でも、全然大丈夫じゃなくて、食べたものが何もないはずなのに、吐き気が込み上げてきた。
死の恐怖が身体を這いずり回っていた。あれは現実だったんだと、そうすり込ませるように。
「ちが……ちがうっ」
「エトワール!」
「違う、私違う、違う、違うから!」
「落ち着け、エトワール!」
「いやああ!」
あの悪夢の最後に見た彼は、リースで、だんだんと彼の輪郭が、朝霧遥輝になっていって、声も、彼の纏う空気感もそれだった。だから、本気で、リースに見捨てられたような、そんな感覚になった。あれも夢じゃないってそう言われているような気がして。
ヒステリーを起こした私を、誰かがギュッと抱きしめてくれた、優しく背中を撫でて、その温かい体温で、私を包んでくれる。紅蓮が、チューリップの香りが鼻にスッと入り込んできて、少しだけ、吐き気が和らぐ。
焦点が合ってきた目が、その紅蓮と、彼の必死な顔を捉えて、私は彼の名前を口にした。
「ある……べど」
「ああ、そうだ。アルベド、アルベド・レイだ。俺を見ろ、エトワール」
「アルベド」
「何があった?怖い夢でも見たいのか。いってくれ」
「私、首ついてる?」
「首?ついてる。何も傷なんてない、大丈夫だ。大丈夫、生きてるぞ」
と、アルベドは言うと、自分の身体を密着させてきた。とくんとくんと、確かに彼の心臓の音が聞え、その音に紛れて、自分の早い鼓動が聞えた。生きている。そう実感させてくれた。
「んで、落ち着いたか」
「うん」
「悪い夢、見てたんだな」
「なんで分かるの?」
「起きた瞬間ヒステリー起こしたらそう思うだろ。まあ、大方何を見ていたのかって、理解できちまうけど」
「……」
「俺も夢を見た」
と、アルベドは、少し間を置いてから言った。
はっきりと見えるようになった彼の顔をのぞけば、アルベドは、苦しそうに、少し白くなったような顔でフッと笑った。
「お前が死ぬ夢。俺も耐えられねえよ」