ドンッ
自分はそのまま壁側まで吹っ飛ばされた。いくら体を固めていたとはいえ、思っていたよりも力が強く踏ん張りきることが出来なかった。
そのまま体育館の扉にぶつかって止まった。そして1度頭の中を整理する。
自分は飛ばされる寸前、クロの足と自分の体の間に左手を入れた。そしてもう1つ、空いている方の手がクロの脇腹に触れた。残念ながらその一瞬で十分な量の霊気を込めることは出来なかった。
ただ女の霊の霊気を感知することが出来た。
女の霊気はなんか、こう、少ないのだ。
それは最初から感じていたものなのだが、女から感じる負の感情と霊気の量が釣り合っていない気がするのだ。
おかしい。
なにかがおかしいのだ。
普通、自分より強いと感じたらあの霊のようなタイプなら逃げるはず。
一応、クロを狙って憑こうとする程の理性が残っているならその判断は出来るはずだ。
ん?
クロを狙って?
そうか感じた違和感はそれだったのか。
今までの情報の点が繋がった。
不思議と口角があがっていく。それと同時に自分の中の感情が負の方へと傾いていく。
俺が海の方へと視線を向けるとなんと零は
笑っていた。
ニヤリと口角を釣り上げる。しかし、その目は(遠くてよく分からないが雰囲気的に)冷めていた。
何故か無性に鳥肌が立つ。
零は咥えていた飴を出しそのまま話し始めた。
「ようやく繋がった。」
「ずっと違和感を感じていたんだよ。」
「違和感って?」
いつの間にか結界の近くまで移動をしていた研磨が訪ねる。
「まずなんでそんなに霊気が少ないのか。負の感情が大きい割に霊気が少ない。釣り合ってないんだよ。」
『ア”..ア”ア”』
声にならないような掠れた声で黒尾(霊)は零の方を向く。
ゆっくりとした動作でそちらに向かうが零は気にもとめないようで続きを話す。
「そして何故そんなにクロを狙うのか。何故そんなにクロに執着する?何にこだわっている? 」
「結界を張る時に感じたよ。せっかく対峙したってのにこっちをあんまり気にとめていない。向こうばかり見てんだ。」
「最初はクロの霊気を目的にとり憑こうとしてるんだと思った。」
「でも違ったな。しっかり顔を見たとき既視感があったよ。だってあんたニュースで出てたもんな?」
ニュースで出ていた?
どういう事だ?今の時代は霊の顔まで映るのか?
「ニュースの内容はある家族、いや夫の方に関してだ。ひと月前、旦那からの家庭内暴力で子供が虐待死した。その後、その瞬間を見ていた妻も証拠隠滅のため殺された。その後犯人は謎の死を迎えた。」
『ウ”アア”ア”』
「そうだよな。その妻こそがあんたなんだから。丁寧に顔写真まで載せて放送してたもんだから目に入ったんだよ。」
「あんた霊気が目的じゃないんだろ。復讐だよ。」
「ここからは仮説も入るが、旦那に強い怨みを持ったあんたは成仏せずにさまよった。そして旦那を呪殺したんだよ。」
呪い殺した?
でも、なんで?
怨みを持つ相手には復讐し終えたんだろ?
「それまではまあ少なくない話だ。けどなあ、そこからだよ。」
『ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!!!!!!!』
まずい。
霊が激昂している。そのままおかしな走り方で零へと襲いかかる。
ダンっ
おいマジかよ。
零は紙一重でかわしそのまま霊の背中(黒尾)を蹴り倒し踏んづけた。
そのまま霊を見下しながら続ける。
「あんたは、それだけで飽き足らず何人も呪殺してんだよ。霊気の感じからして3人、いや4人か?背丈の高い、クロみたいなスタイルのやつを狙っていたな。」
「確かにな、DVして殺されて、そりゃ怨まない方が無理って話だ。同情してやれるよ。 」
「なんで、関係ない人を巻き込んだ?結局、なんの罪も無い人を巻き込んで殺したならな、あんたもあの旦那と同じだよ。」
ガリッ
その冷ややかな目のまま零は持っている飴を噛み砕いた。まるでお前もこうなると暗示しているようだった。
「あんたが被害者のままでいるなら大人しく成仏させてやろうと思ったけど。 」
その後小さな声でなにかを呟いた。研磨あたりなら聞こえるかもしれないが生憎ここからでは全然聞こえなかった。
その刹那、手に持っていたシャーペンに霊気が注がれるのを感じた。
それを黒尾に当たるギリギリで止めた。
いや、霊にだけ当たるように振り下ろしたのだ。
『ギャァァァァァァア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!!』
すうっと霊が黒尾の体から離れていく。
そこから霊は必死で逃げようとする。しかしそれで逃がすようなやつではなかった。そのままもう一本のシャーペンを頭目掛けてぶん投げた。
『ア”ア”ア”アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア”“”“!!』
けたたましい絶叫が響き渡る。
零はすぐにクロへ駆け寄った。
霊が消滅したときに結界も解かれていたから俺も駆け寄る。
「クロ!」
俺はクロを呼んだ。でも目を覚まさない。当たり前だ。あれだけ取り憑かれててしかも、あと少しで呪い殺される所だったんだ。いくら元凶がいなくなったとしても消費した体力は戻らない。恐らくまだ起きないだろう。
それよりも、あの霊を倒してくれたもう1人の幼馴染の方を向く。
「零、ありがと。」
「別に。」
返ってきたのは素っ気ない返事だったけどちゃんと伝わってると知っている。
すると周りにいたみんなも集まってくる。
気づけばもうすぐ部活の終了時間だ。監督の方を見れば2人も安心したような顔をしており、もうしばらく霊を退治したという感傷にひらたれるようだ。
五分ほど経ったあと、クロの変わりに海さんが集合をかけ、監督へ集まる。
監督直々に礼を言われた幼馴染は面倒くさそうな顔を隠そうとはせず、手を挙げて完敗のポーズをした。きっとあの熱い視線から逃れたかったんだろう。
部活も解散すればクロはもう少ししたら目を覚ますだろうということで保健室に寝かせてもらえることになった。
しばらく、3人だけの静かな空間が広がる。不思議と気まずさは無く心地よかった。
「零、強くなったんだね。」
「お前らが強くなるきっかけをくれたんだ。」
知らなかった。
ずっと俺は零の荷物になっていないか不安だった。
「そっ、か。」
おもむろに立ち上がった零が飴の棒をゴミ箱に捨てた後、何やらポケットの中のなにかを探しているようだった。そして、
「チッ」
何故か軽く舌打ちをこぼした。
しかしやはり長い時間一緒に居たからだろうか。その仕草は何をしていたのか理解した途端苦笑いを浮かべることしか出来なくなった。
「まだ吸ってるの?」
そう何を隠そう、中学生時代は俺たちの知る限り零はなかなかのヘビースモーカーだった。1日多い時は2箱も吸う、未成年ではありえない生活をしていた。
「はあ。禁煙中だよ。」
眠そうに心底だるそうに言った。
「飴をやたら舐めるのは口寂しいから?」
「んまあそんなとこ。」
「あんま吸いすぎないでよ。」
そして俺は霊を倒す前に零が呟いていたことを呟く。
「大事なもんに手出すなよ。」
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