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#ドロドロ
柏木さくら
5,439
きょう
135
暦座さち🩷🎲
287
不自然なほどに整ったリビングのソファに、私たちは並んで座っている。
テレビからは、楽しげなバラエティ番組の笑い声が流れていた。
私の右隣には、いつも穏やかに微笑んでいる父親。
左隣には、上品に膝をそろえた美しい母親。
そして私の足元では、お気に入りのぬいぐるみを抱いた小さな妹が、無邪気に笑っている。
「本当に、私たちはステキな家族ね」
母親が鈴を転がすような声で言い、私の髪を優しく撫でた。
その手のひらは、いつもひんやりと冷たい。
「ああ、お前は自慢の娘だよ。ずっと、こうして一緒に暮らそうね」
父親が私の肩に手を回す。
その力は、骨がきしむほどに強かった。
私は「うん」と微笑み、ただテレビの画面を見つめ続ける。
画面に映るスタジオの芸能人たちが、一斉にこちらを向いて笑っているような気がした。
「ねえ、お姉ちゃん。おままごとしよ?」
妹が私のスカートを引っ張る。
その小さな手は、なぜか薄汚れた包帯できつく巻かれていた。
昨日までは、そんな包帯は巻かれていなかったはずなのに。
「……何をして遊ぶの?」
「あのね、パパと、ママと、お姉ちゃんと、私。みんなで『本物の家族』になるの!」
妹はキャッキャと声を上げて笑う。
その口元から、小さな白い歯が一本、ポロリと床に落ちた。
カーペットに落ちた歯を、妹は気にする様子もなく拾い上げ、お気に入りのぬいぐるみの口元へと押し込んだ。
よく見ると、そのクマのぬいぐるみには、何十本もの本物の人間の歯が、歪な笑顔の形に縫い付けられている。
背筋に冷たい汗が流れた。
「あら、もうこんな時間。夕食の準備をしちゃわなくちゃ」
母親が立ち上がり、トントンと軽快な足取りでキッチンへ向かう。
すぐに、リズミカルな包丁の音が響き始めた。
トントン。トントン。
……トヌ、トヌ。
時折、肉か何か、ひどく硬いものを断ち切るような、鈍い音が混ざる。
夕食のメニューは、いつも肉料理だ。
この家に引っ越してきてから、私たちは一度も外で買い出しをしていないのに、冷蔵庫にはいつも新鮮な生肉が溢れている。
ふと、リビングの隅に置かれた大きな古時計が目に留まった。
ネジが壊れているのか、長い針も短い針も、完全に外されて転がっている。
この家には、時間を知る手段が他にない。スマホも、パソコンも、いつの間にかすべて紛失してしまったから。
「なあ」
父親が耳元で囁いた。
その目は、笑っているのに、瞳孔が完全に開いている。
「お前は、前の家族のときみたいに、急にいなくなったりしないよね?」
前の、家族。
私の頭の中に、強烈なノイズが走る。
白い壁、消毒液の匂い、泣き叫ぶ声、そして――血の海。
いや、違う。私の家族は、目の前にいるこの人たちだ。
優しくて、上品で、私を愛してくれる、ステキな家族。
「……うん。どこにも行かないよ、パパ」
私が答えると、父親は満足そうに口の端を吊り上げた。
その顔は、まるで見覚えのない他人の顔のように見えた。
キッチンの包丁の音が止まる。
「ご飯ができたわよ」という母親の声が響く。
私は立ち上がり、妹の手を引いてダイニングテーブルへと向かう。
テーブルの上に並べられた皿には、綺麗に盛り付けられた、赤黒い肉のソテー。
全員が席につき、手を合わせる。
「「「「いただきます」」」」
声を揃えて言った瞬間、玄関のインターホンが、激しく鳴り響いた。
ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン。
狂ったように連打される音。
しかし、父親も、母親も、妹も、誰もピクリとも動かない。
ただ、静かにフォークを肉に突き立て、咀嚼を始める。
「ねえ」
母親が、肉を噛み砕きながら、じっと私を見つめて言った。
「誰が来ても、絶対に鍵を開けちゃダメよ。だって、私たちの『ステキな家族』の邪魔をされたくないでしょう?」
インターホンの音に混ざって、外から遠く、「警察です!開けなさい!」という叫び声が聞こえた気がした。
けれど、私の目の前にいる家族は、みんな一様に、耳まで裂けそうな笑顔を私に向けている。
私はフォークを握り締め、ゆっくりと、自分の皿の肉を口へと運んだ。
コメント
1件
御堂 冥さん、読ませてもらいました…これ、めっちゃ重いけど、すごく好きです。 最初の「不自然なほど整ったリビング」の一文で、もう違和感がじわじわ来ました。 妹のぬいぐるみに人間の歯が縫い付けてある描写、ぞっとしたけど、だからこそ目が離せなかった。 「前の家族」って言葉が一気に物語の闇を深くしてて…ラストの「いただきます」と同時に鳴るインターホン、あの絶妙なタイミングが鳥肌ものでした。 続き、めっちゃ気になります。大切に読みますね🤍🥀