「外で料理をするのは、僕の国では普通なことなんだ。
遠くの場所に行くつもりだったから、料理の準備もしてるよ」
大きめのリュックが置いてあるところに向かい、小さく切られた木と小鍋などを取り出すレト。
必要な物を迷わず選んでいる。
恐らく、普段から使い慣れているんだろう。
料理を始めるため、土を剥き出しにしてから木を置いて、焚き火を作る。
まるでキャンプに招待されたみたいだ。
「昨日、農家の人からジャガをもらったんだ。
美味しいから、きっと、かけらの口にも合うと思うよ」
レトは笑みを浮かべて、リュックから食材を取り出した。
薄い茶色をしていて、少しゴツゴツとした丸い物体。
手の平で包み込めるくらいの大きさ。……これは、じゃがいもだ。
見た目は、私が知っているじゃがいもと全く同じ。違うのは、呼び方だけだ。
じゃがいもはたくさんのレシピがあって、色んな食材と合うから、とても美味しい食べ物。
私にとって好きな野菜の一つだ。
外で調理をして食べるというと、カレーが思い浮かぶ。
そういう美味しい料理を作ってくれているのかな……。
楽しみにしながら、横になって目を閉じた。
「おーい、かけら……。
あれっ、寝ているのかな?」
声が聞こえてきて目が覚めると、隣にレトがいたことに気付く。
どうやら私は眠ってしまっていたようだ。
「れっ……、レト!?
もしかして、私の寝顔を見た……?
恥ずかしすぎるんだけど……」
「もちろん。倒れている時も見ていたよ。
小動物の寝顔みたいに可愛いなって思ったから、恥ずかしがらなくても大丈夫だよ」
かっ、可愛い……!?
自分には似合わない言葉だから、なんて反応をしたらいいのか分からなくなる。
「料理ができから食べようよ。
火加減がいい感じだったから、美味しくできたと思う」
レトは自信満々な表情で料理を器に取り分けて、木製のスプーンと一緒に渡してきた。
「ありがとう。これは……、ん……?
じゃがいものおかゆ……?」
「知らないのかい?
これはジャガ煮だよ。ジャガを水で煮込むんだ。
どんな場所でもすぐに作れて、体を温めることができる料理さ」
「他に何か入れたり、トッピングとかしないの?」
「このまま食べるんだよ。
どこの家庭でもジャガ煮を主食にしてるから、かけらの家でも食べているのかと思った」
「色んな野菜も入っている似たような料理は作ったことがあるけど……。
これを食べるのは初めてかな……」
鼻を近づけてみると、土臭さがして、微かに甘い香りがする。
恐る恐るジャガ煮をスプーンで掬ってみる。
滑らかにしていないポタージュみたいだ。
見た目はよくないけど、食べてみたら美味しいかもしれない。
それに、レトが私のために作ってくれたのだから、喜んでいただこう。
自分にそう言い聞かせながら、スプーンを口に運ぶ。
「いただきます……」
「どうぞ。おかわりもあるから、たくさん食べてね」
パクッと一口食べてから、レトに顔を見られないように横を向いた。
まっ、不味い……。
想像していたより百倍不味い……!
泥臭さと薄い甘みが口いっぱいに広がって、飲み込むのでさえ難しい。
こんなにも不味いじゃがいもの料理は、今まで食べたことがない。
好き嫌いが少ない私でも受け付けられない味だ。
「どうかな? 僕は自信作だと思うけど」
レトは、無邪気に感想を求めてくる。
そして、こちらを向けと言っているような圧を感じた。
助けてくれた恩人に、この料理はとても不味いだなんて言えない……。
無理矢理に笑顔を作ってレトの方を向き、感想を伝えることにした。
「おっ…、美味しいよ……!
とっても……、美味しい……」
「笑顔と手が震えるほど、美味しかったんだね。よかった……」
もう一度口に運ぶ勇気がない私。一方、レトは嫌な顔をしないでパクパクと食べている。
まるで罰ゲームに当たりすぎて、慣れてしまった超人のようだ。
私も頑張ろう……。お腹を満たすために……。
「かけらの家の主食がジャガ煮ではないってことは肉が主食?」
「主食は米かな。
肉は毎日食べているけど、おかずみたいなものだよ」
「もしかして、かけらはどこかの王族か貴族?」
「いやいや、私はただの庶民だから。
肉を買うのだって大変なくらいだし……。
レトの家もそういう感じなの?」
質問の仕方がよくなかったのだろうか……。
レトは急に困ったような顔をして器を置き、指を組んで俯いた。
「僕の家というより、この国では肉を食べないんだ。
動物を大切にする決まりがあって、食べ物は野菜と果物のみ許されている。
色々あって、質素な生活をしているんだよ」
何があったんだろう……。
じゃがいもと水だけで料理を作るほど貧しいんだろうか……。
「調味料を使ったりしないの?」
「えっ……。なんだい? その名前の物は……」
レトは驚いた顔をして首を傾げている。
自分が知っている範囲でしか答えられないけど、分かるように心掛けて説明してみることにした。
「しょっぱい味とか旨味を付け加える物だよ。
あっ……! 塩ならどこにでもあるよね。そういう物かな」
「塩……?」
まさか、塩も知らないというのだろうか。
驚いてしまうけど、とりあえずレトの質問に答える。
「海の水ってしょっぱいじゃん?
それを蒸発させてできる物だよ」
「水から何かを作り出すなんて、すごい技術だね。
この国には大昔に海があったんだけど、土地を奪われてから、山や平原しかなくなってしまって……。
僕が生まれた時にはそうなっていたから、海に行かないまま人生が終わるんだろうなって思う」
つまり、レトは一度も海を見たことがないんだ……。
砂浜があって、そこに波がきて、綺麗な水平線が見えるあの壮大な景色を……。
「かけらが言っていた調味料っていう物も、他国にあるのかな」
自然が豊かで平和そうな場所にいるのに、草原を見つめて悲しそうな表情をするレト。
この国は何か問題を抱えているんだろうか……――
色んな疑問が浮かんできて、どんどん興味が湧いてくる。
せっかく自由になれる場所に来たのだから、この世界のことをよく知ってみたい。
でもその前に、やりたいことがある。
助けてくれて、料理まで作ってくれたレトにお礼をしたい。
我慢してジャガ煮を掻き込んでから、私は立ち上がった。
「今度は私がレトのために料理を作りたい!」
「えっ……。かけらが、僕に……!?」
「ジャガを使って他の料理を作ってみたいの。
まずはジャガをなんとかして手に入れて、それから――」
「僕の持っているジャガを使いなよ」
「いいの……?」
「かけらになら、いくらだってあげるよ。
面白い話を聞かせてもらったからね。特別さ」
「ありがとう、レト」
“特別”か……。
初めて言われたせいか、その言葉が心を温かくする。
まだ出会って間もないから、レトの本当の気持ちは分からないけど……。
優しく微笑んで言われたら、勘違いしてしまう……――
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