今日のために何度も鏡の前で研究していた必殺のキラースマイルを向けると、イケメンさんたちからも笑顔が返ってきた。
きたきたきた!
この反応はもう、きっと私に心を持っていかれちゃったはずっ!
だけど……。
(あれ…っ?)
何だか様子がおかしいな?
合コン相手さんは、笑っているけど、苦笑いみたい?
思っていたのと違う反応に首をかしげた時、その理由がぱっと頭に浮かんだ。
(ああっ、しまった!)
そうだった!
顔は斜め45度+上目遣いの予定だったのに、すっかり忘れてた~っ!!
い、いやいや、まだ勝負はまだ始まったばかり!
チャンスはまだこれから!
気持ちを切り替えてイケメンさんたちを見つめる。
私の向いに座っている男の人は、すらっとしたスーツの似合う人。
その隣のふたりはどちらもメガネをかけているんだけど、それが芸能人みたいにおしゃれさん。
(3人ともイケメンさんだなぁ~)
今夜、だれが私を送ってくれるんだろ~。
飲めない私はワインバーなんて初めてだけど、すでに酔っぱらったみたいにふわふわだなぁ。
私以外の皆さんはシャンパンで乾杯をするみたい。
私はどうしよう?
「滝沢さん、お酒苦手だったっけ? ノンアルコールのカクテルにする?」
「あっ、ありがとう!」
鈴木さんが見せてくれたメニューを見ながら、なにを飲もうか考える。
本当はコーラかジンジャーエールがいいけど、私ももう26歳。
ここは大人の雰囲気に合わせなきゃダメよね!
メニューを見ても全然わからないけど、ノンアルコールのカクテルの欄を見ていると、ぱっと目にとまった文字が……!
『シンデレラ』
「私、これにしますっ」
シンデレラって、なんて素敵な名前のカクテルなんだろう!
これはもう、恋が始まる予感しかないでしょう!
注文を終え、それぞれの前に飲み物が置かれると、私の向かいのイケメンさんがグラスを掲げた。
「かんぱーい!」
「かんぱーい!!」
私も勢いよくグラスを掲げ、ごくごくと一気に飲み干す。
あっ、これ……めっちゃおいしい!!
ぱぁぁぁと一気に笑顔が弾ける。
でもシンデレラっていう名前なのに 色が黄色なのはなんでだったんだろ?
いや、シンデレラだって、イメチェンというか、年中白いドレスじゃないってことだよねっ?
すっごくおいしかったけど、小さなグラスだったからもう飲み終わっちゃった……。
「あ、滝沢さんおかわりする?」
「うん!」
鈴木さんが声をかけてくれ、私は大きく頷く。
鈴木さん、さすが気が利くなあ。
しかし……何度も頼むのも面倒だし、次は大ジョッキで持って来てくれないかなぁ?
(あっ……シンデレラといえば!)
このカクテル―――『シンデレラ』と出会ったのは運命なんだ!
合コンは日付が変わる頃にお開きになって、12時を過ぎたら、イケメンさんたちのだれかが私を追いかけてくれるんだ!
(もう、これは……すごいフラグ! きゃぁぁぁ!!)
テンションはマックス急上昇!
あぁぁ、お開きになるその時が楽しみすぎる……!
ニヤける顔を手で隠しながら、待ちに待ったおいしそうな料理に手を伸ばせば、なにこれ……すっごくおいしい!
なんて素敵な合コンなの。
シンデレラの気分も味わえちゃうし、ごはんもおいしいし、イケメンぞろいだし、来てよかったなあ~!
「鈴木さんは、お休みの日は何をしてるの?」
「石井さんは趣味とかある?」
イケメンさんたちは熱心に鈴木さんと石井さんに話かけている。
ぱくぱくごはんを食べながらふと思ったんだけど……ん?
思えばだれとも目も合わないな?
不思議に思いつつ、だれも手を付けない料理を端から平らげていると、向かいのイケメンさんがふいにこちらを向いて、目が合った。
あっ、ついにきたきた!
「えっ……と、滝沢さんだっけ。滝沢さんは……」
食べていたものを一気に飲み込み、私はにこっと笑って渾身のスマイルを浮かべる。
なーんだ、イケメンさん達は、好きなものは最後にとっておく派さんだったんですねっ!
わかりますよ、その気持ち。
まぁ私は最初に食べちゃう派だけど、最後にだって食べたいから、二度頼んじゃうことだってあるんですよ。
わくわくしながら向かいのイケメンさんを見ていると、相手は言葉に詰まったらしく目が泳いだ。
「えーっと……、あっ、なんでもない。あ、これ、よかったら俺のぶんも食べていいよ」
「えっ! いいんですかぁ!」
なんていい人っ!
イケメンさんから手つかずのピザを差し出され、今日一番の笑顔が浮かんだ。
おいし~い!
私がピザが好きだって瞬時に把握済だなんて、私のこと見てないフリしてちゃんと見てるんだなぁ。
いやぁ、もうニヤニヤしちゃうなぁ!
お礼のつもりで、もう一度向かいのイケメンさんに微笑みかけると、返ってきたのはなぜか苦笑い。
その後すぐ目が合わなくなっちゃったんだけど、照れ隠しかな?
その視線の先は、ふたたび鈴木さんと、石井さんのほうへ……。
あぁ、そっか。
この人はすごくシャイさんなんだなぁ。
大丈夫ですよ、私、これでも恋愛のプロですからっ!
好きな子を前にすると、恥ずかしくて目が合わせられなくなるの、ちゃんとわかってますよっ。
恋愛ドラマと恋愛漫画で山ほど見てきたシチュエーションの、ケース①ですねっ!
目が合っても逸らすのは、好きな子に話しかけられないしぐさのテッパンだもんなぁ~。
そういう男の子にしゃべり過ぎちゃうと、困らせちゃうもんね。
(うーん、だけど)
相手がシャイさんなら、私から話し掛けてみたほうがいいのかな?
考えあぐねていた時、斜め前に座っていたメガネのイケメンさんが「あっ!」と声をあげた。
「そうだ、滝沢さんってだれかに似てるよなーって思ってたんだけど」
「えっ」
ピザをごくんと飲み込み、次はメガネのイケメンさんを見つめる。
誰だろ、誰だろ!
今日はかわいい格好してるし、今をときめく女優さんかモデルさんかなあ~。
「誰ですか? 私昨日、部長に七福神の恵比寿さまに似てるって言われたばかりなんです」
そういえばそんなことがあったな、と思いながら昨日部長に言われたことを話せば、皆さんどっと笑い出した。
「あー、似てる似てる!」
「言い得て妙! それそれ!」
(あれ?)
自分で言い出したことだけど、言われる予定だったのはハリウッド女優とか、ドラマのヒロインに似てるとかだったから、ちょっとだけ拍子抜け。
でも……いいっか!
恵比寿さまも素敵だし、思いのほかウケたし、皆さんが笑ってくれてるならヨシ!
あっという間に時間が過ぎて、合コンはお開きになった。
揃って店の外に出ると、イケメンさんたちは私たちを見渡す。
わっ、ついにきたっ!
だれが私を送ってくれるんだろ~!
キラースマイルを浮かべていると、男性陣三人は私の私を素通りしてとなり二人のもとへ直行した。
「鈴木さん、帰りは送らせて」
「石井さんは俺が……!」
「いや、お前は家が逆方向だろ。俺が……!」
えっ……えぇぇぇぇっ!?
脳内で繰り広げられていたイケメンバトルが、どうして私の横で起こっているの!?
(はっ!)
もしかしてこれって、マンガでよくあるフェイントとかフェイクだったりするんですか?
好きな子の前で気を引こうとして、別の子にアタックするってやつ!!
うんうん、きっとそうだ。
そうに決まってるっ!
それならとにかく様子を見ておかなきゃ!
気を取り直して成り行きを見守っていると、石井さんと鈴木さんは顔を見合わせ、困った顔をしている。
うーん、思わず見惚れちゃいそうになる、かわいい顔だなぁ……!
「じゃ、こうしませんか。もう一件だけ飲みに行きましょう?」
おおっと!これは上級者の返答!
敵ながらさすがだ……。
「あっ、滝沢さんはいつも終電で帰ってたよね? もう終電まであと30分しかないし、今日はここで別れよっか」
「えっ、そうなんだ。残念。今日はお疲れさまぁ!」
イケメンさん3人に囲まれた鈴木さんと石井さんが、男性たちの間から顔だけ出して私に手を振る。
「そっか、恵比寿ちゃんは帰る組かぁ。恵比寿ちゃんの食べっぷりは、マジでキャラ通りで笑えたよ! じゃお疲れ!」
「お疲れ!」
イケメンさんたちは口々に言い、鈴木さんたちを促してワイワイと歩き出していった。
……え??
えぇぇぇ、どうしてぇ~っ!?
確かに普段は終電には帰るけど……。
今日は遅くなるってお母さんに言ってきたし、タクシー代だって持ってきてたのに!
……って、そうだ、それ鈴木さんたちに先に言っておくの忘れてたーっ!!
しまったー!と思っている間に、皆さんの笑い声は角を曲がったところで聞こえなくなった。
残された私の頭の中では、今日これからの予定ががらがらと崩れていく。
『滝沢さん、帰りは送らせて』
『いや、俺が……!』
あぁ、今頃私はあの輪に交じって2件目に行っていたのに。
そしてほろ酔いの私は、イケメンさんたちに心配される予定だったのに。
その後「帰りは送らせて」って引っ張りだこの予定だったのに。
そ、そんなぁ~。
(……いや待って。これも、もしかしてフラグ!?)
あっちに行ったと見せかけて、イケメンが私の前に急に現れるパターンかも!
『滝沢さん』
『は、はいっ!?』
『実は……ふたっきりになれるチャンスを探してたんだ。ふたりで抜けよう。送るよ』
き、きゃ~っ!!
そうだ、きっとこれだっ!!
きっと駅に向かって歩いていれば、だれかが、私を追いかけに来てくれるに決まってる!
そうとわかれば、ここで突っ立ってちゃだめだ。
イケメンさんのシナリオ通りに動いてあげなきゃ~!
ニヤニヤしながら踵を返した時、真正面からだれかとぶつかった。
―――どんっ!
ぶつかった拍子に、思いっきり地面にお尻をついてしまう。
い、痛い……。
思わず涙目になっちゃうけど、こんな所で転がってる場合じゃない。
マンガやドラマの定番、恋の定石は、逃げるから追いかけてくるんだもん。
早く駅に向かって歩き出さなきゃ!
地面に手をついて立ち上がろうとした時、すぐ目の前に手が差し出された。
思わず目線が上へ向く。
そして……。
「―――ちょ、ごめんな! 前見てなかってん。大丈夫か?」
降ってきたのは、ハスキーな男の人の声。
街灯の光を背に、黒いスーツ姿の男の人が私に手を差し出していた。
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