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モニター会議の開かれる日の朝、五時。
隣で眠っている篤人の頬にそっとキスを落として、もそもそとベッドから這い出て顔を洗った。
昨日はあまり眠れなかった。篤人が優しく抱きしめてくれていたけれど、妙な緊張感で寝たのはほんの数時間。
ゆっくりコーヒーでも淹れよう。そう思いながら朝のスキンケアを始める。
篤人と契約を交わしてから、すこぶる肌の調子がいい。優しく抱かれるたびに、心がほわんと暖かくなる。
今日は金曜日、ノー残業デー。夜は篤人とホテルのレストランで祝杯をあげる予定だ。
窓越しに昇ってきたお日様に、今日の会議と復讐完遂をお願いして、朝食の支度を始める。
人生のターニングポイント。そう言っても過言ではない今日という日が、滞りなくすみますように。
彼に、素直に思いを告げるという最大のミッションをなんとか成し遂げたい。それがどんな結果になったとしても、彼に伝えられますようにと願った。
復讐なんて、いまさらどうでもいい。情報漏洩が止まって、自社商品の価値がきちんと守られることはもちろん、開発に携わったたくさんの人たちの思いを背負って今日の会議に臨むのだから、責任は重大だ。
篤人の話では、モニター会議のあと、残った社員で話し合いがしたいと社長と営業部長、商品企画部長に申し出ているらしい。
篤人は社長とそんな風に話せる仲なのだろうか。私は一度も話したことはないし、社長室にいったこともない。
営業ナンバーワンは、やっぱり違うってことかなと疑問を抑え込んだ。「……おはよ」
キッチンでパタパタと朝食の支度をしていると、起きてきた篤人がカウンター越しに立っていた。
「おはよう」
こんな穏やかな朝が、ずっと続いてほしい。きっと続いていくのだろうという期待に胸がひとつ鳴る。
「いい匂い」
「パンケーキにしたの。もうすぐできるよ」
「顔、洗ってくる」
寝癖だらけで、ちょっとだらしない篤人を見るのが好き。この姿は私だけのものだと思うとたまらなく愛おしい。
にこにこと彼を見送って、パンケーキを焼き始める。着替えた彼も一緒に仕度をしてくれて、ダイニングテーブルにパンケーキとサラダが並んだ。
淹れたコーヒーをマグカップに入れて、ダイニングテーブルの前に向かい合って座る。
いただきますと手を合わせて、パンケーキを頬張った。
「うわ、なにこれふわふわ」
「メレンゲ立ててみました」
「すっご」
にこにこと穏やかな朝食の時間。これから起こることなんて、まるで嘘のようだ。
「花音」
「ん?」
「会議のことは、俺に任せて。花音はいつも通りで」
不安な気持ちを隠していたつもりだったけれど、篤人にはお見通しだったのだろう。すっと見つめられて、食事の手が止まる。
「ごめん、私、なんか緊張しちゃって」
「大丈夫」
「うん……」
「もしかしたら、花音を驚かせてしまうかもしれない」
「え?」
「今日、ホテルでちゃんと話すから。心配しないで」
うん、と小さく返事をする。篤人はテレビを見ながら今日は夕方から雨か、とつぶやく。
「夜は雷雨だって」
「傘、持ってった方がよさそうだね」
そんな話をしながら朝食を食べ終えて、食洗機に食器を入れる。身支度を整え、いつもより少し早く2人で一緒にマンションを出た。「じゃあ、また後で」
篤人と別れて、自分のデスクへ向かう。モニター会議の準備はほぼ完璧だ。伊吹とも昨日確認しあったので、他の案件を進めながら、会議の始まる10時を待つのみ。
いつもより、時間が遅く感じる。早めに会議室に出向いてバタバタとひとり準備をしていると、カチャッとドアの開く音がして弾かれたように顔を上げた。
「おはようございます、藤原さん」
美しい声色が、会議室に響く。そのエキゾチックな瞳を見ただけで背筋がキンとしたが、それを悟られないように姿勢を正しながら、篤人に持たされたペン型ボイスレコーダーのボタンを押した。
「美濃さん、おはようございます」
「今日、何の会議があるんですか?」
「モニター会議、今日だとお知らせしたと思います」
「モニター会議……って、まさか今日!?」
始まった。燎子の中では予定通り、私にすべてをなすりつけるつもりだったのだろう。
「はい、以前お知らせした通りです」
「えっ……うそっ、私、資料もらっていません!!」
わざとなのか、なんなのか。わかりやすく狼狽える燎子の姿は滑稽にも思える。
「きちんとお渡ししたはずです」
「で、でもっ、私、モニターの友人に連絡していなくって……どうしよう、今から連絡してもきてくれるかどうか」
「……」
「それに、社長にもアポ取ってなくって……どうしよう、今日は別件が……」
これはすでに根回しがされていて、社長には篤人から会議に出てもらうよう、話がしてあるとのこと。「会議、何時からですか?」
「10時です」
「えっ、あと15分しかない!! いくらなんでも無理……」
──ガチャ
会議室のドアが開いて、営業部長、人間スピーカー山田さんが連れ立って挨拶をしながら会議室へとやってきた。
「おはようございます、今日はよろしくお願いします」