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私が挨拶すると、ものすごく怪訝な顔をする燎子。血相を変えて2人に近づきながら必死に訴える。
「今日、モニターさん来られないみたいなんです!!」
「えっ?」
「私は、藤原さんに何度も資料をいただけるようお願いしていたのですが、なかなか渡してくださらなくて……だからモニターさんに今日のこと知らせてなく──」
燎子の話の途中で、山田さんの後ろから社長がパッと顔を出す。
「──!!! しゃ、社長!? 今日は別件で外出されているのでは……」
「いや、永井くんから会議があるって聞いたよ」
美濃さんは知らなかったのか? と社長に問われて燎子の顔が青くなる。
「失礼します」
「おはようございまーす!」
「よろしくお願いします」
間髪入れずに、永井くんとその後ろからモニターらしきお友だち3人がぴょこんと現れる。
「燎子、久しぶり!」
「元気にしてた?」
「はじめまして」
はじめまして、と挨拶するかわいらしい女性。永井くんと目鼻立ちがよく似ているので、妹さんだとすぐわかった。
「え、みんな、なん、で」
「燎子忙しかったんでしょう? 秘書って大変なんだね。永井さんのお兄さんから、かわりに連絡もらってたよ」
友人らしき女性がそう言うと、ぺこりと篤人の妹さんは燎子に向けて頭を下げた。ぽかんと開いた口が燎子の驚きを物語っている。
篤人は私に軽く目配せして、合図をする。小さく頷いてそれに応えた。「おはようございます、遅くなりました」
最後に入ってきたのは伊吹だった。本当は私と一緒に会議の準備をする予定だったが、電話対応をしていて遅くなったのだ。
「モニターのみなさん、本日はお忙しい中ありがとうございます」
伊吹は驚く様子もなく、モニターに声をかける。あれ? この2人は繋がっていなかったのだろうか。少々の疑問を解決する間も無く、伊吹がテキパキと座る場所を指示する。
燎子は顔が青いままだったが、慌てて筆記具を取りに行って戻ってきた。
コの字型に並んだテーブルの周りを取り囲むように、正面向かって右側にモニターの3人、左側に社長と商品開発部長と私、後ろに営業部長と山田さんと篤人がイスに腰を下ろす。伊吹は司会のため部屋の隅に置かれた演台の前に立った。
時間ぴったりに始まった会議。モニターさんたちから、さまざまな指摘を受けて改善点をメモしたり、話し合いを重ねていく。モニターに意見を聞くことは、いままでにない試みだったので、社長も含めた全員で食い気味に意見交換を交わした。
「そういえば、BOM社からも似たような製品が出ていると思います。これとどう違うか教えていただけますか」
永井くんの妹さんがズバッと質問を投げかける。
「似たような製品?」
「どういうこと?」
事情を知らないモニター2人が声をあげる。山田さん、商品企画部の部長は怪訝な顔をして司会の伊吹に鋭く刺すような視線を浴びせた。
「ぼ、BOM社の製品は存じておりませんので、ここでは回答を差し控え……」
「資料なら用意してあります」
篤人がすっと手をあげる。パソコンを繋げてプロジェクターから出た画像がスクリーンに映る。
パワーポイントで作られた、製品比較の資料は、ほとんど同じものをどう区別するかがとんでもなく上手に説明されていた。
この展開は、兄妹で話をしてあったのかもしれない。それでも、篤人の資料は完璧だった。
ないものに、付加価値をつける。強みはそこにあると篤人自身も言っていた。スペックの比較から、ブランド力、補償、取り付けなどの細かな設定や、自社で独自に行なっているサービスの紹介。これらを総合的にまとめて、自社製品の良さを訴えている。
舌を巻くとはこのこと。この緻密なプレゼン力が篤人の強みなのだなと息をついた。
モニターさんもうんうんと納得している様子。伊吹は悔しそうにしていたけれど、そうも言っていられない。さまざまな意見を交わして、会議は3時間近くに及んで終了した。
「ありがとうございました」
モニターの3人をロビーで見送る。バツの悪そうな燎子も一緒についてきて頭を下げていた。
「……やってくれるわね」
ぼそっと頭を下げたままの燎子がつぶやく。私はすっと頭を上げて、燎子の顔を見た。「なんのこと?」
「ほんと、イラつく」
「ねぇ、なんでそんなに私のこと──」
「……この泥棒ネコ」
「えっ!?」
「戻りましょう。まとめの話し合いがあるって言ってたでしょ」
話を途中で遮られるが、確かにそうだ。見送りをしたら、会議室に戻ることになっている。
燎子が言った、泥棒ネコってなに? 泥棒ネコは燎子でしょう? そう思いながら急いで会議室に戻った。
もといた席について、息を整える。前に立った伊吹が今日の話し合いをまとめて、最終確認をした。
「では本日の会議は以上……」
「待ってください」
篤人がすっと声を上げて立ち上がる。
「先ほどのBOM社製品について、風見さんと美濃さんにお伺いしたいことがあります」
「あ?」
急に態度を悪くした伊吹が、篤人を睨み付ける。
「みなさん。少しだけ、お時間いただけますか」
「なっ……」
場所、かわってください。と、篤人がすっと前に出てきて、演台の前にいた伊吹を退かせて、マイクのスイッチを入れた。
「今日、喉を壊してまして、マイクの使用をお許しください」
喉なんか、篤人は壊してない。すべてはここから。
──いま復讐の幕が開く。