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「俺たち、まだふたつのルールを果たしていない」
月呼は侑加にそう言われて思い出す。ふたつのルールとは抱擁とキスだ。
「あっ、ああ、そうだったね。日付が変わる前にしないと」
侑加が気づいていないと、あやうく初日にして失格になるところだった。月呼はいそいで上体を起こす。
マットレスの上で、侑加は月呼を強く抱きしめる。月呼も両腕で侑加の体にしがみついた。侑加の力が強いのはつい勢いづいてしまったのか、それとも月呼にたいしての気持ちの表れか。
侑加は月呼の頬に手をそえ、キスをしようとした。
「ま、待って!」
その寸前で、月呼は言葉で止める。
「ここじゃなくてバルコニーでしない?」
キスをひとつするにもムードは大事だというのが月呼の考えだった。流れ作業のようにベッドの上でするのは、あっけないと。バルコニーにも監視カメラはついているから、事務局にルールを違反したとみなされるなどの問題は起きないだろう。
ふたりはバルコニーに場所を移す。外は昼間より気温がぐっと下がって肌寒い。けれども、月呼の体の内側は緊張で熱くなっていた。
「運営に見逃されていたら不安だから、長めにやっておこう」
侑加が言う。月呼はそっと目を閉じる。
侑加は月呼にキスをした。その唇を重ねたまま月呼の体も心も離さない。月呼は一秒が十秒に、十秒が一分にも感じた。
目を閉じたまま、侑加という存在を感じる。生まれて初めてのキス。恋人でもない人とのキス。その日に会った人とのキス。
人生の今日という日に自分がキスするとは想定外だ。ただ、自分のファーストキスは侑加とするためにあったと強く感じた。
長い口づけの後、侑加が月呼の顔を両手で掴む。
「顔が熱い」
「そ、そりゃ、顔も熱くなるよ……」
美しい顔のあなたとキスしたのだから、と言いたくなるのをこらえる。
自分の顔はきっと赤くなっていることだろう、と。今が夜なこともあって、侑加は気がついてはいないようだ。月呼はそれを好都合に感じる。
「どうしてそんなによく笑ったり、怒ったり、表情がころころと変わるの?」
侑加に聞かれた。
「にぎやかな家庭で育ったからかなあ」
弟が四人いると言えないのがもどかしい。
「ちょっと待って。『怒ったり』って言ったよね。私、今日、侑加くんに怒ったかな?」
「ユーラシアって人に怒っていた」
「ローラシアさんね。本気で怒ってはいないよ。あの人とはからかい合いに近いかな」
侑加は月呼を見つめている。ふたりの目と目が合う。
「そんなに私の顔を見ないで。たれ目がコンプレックスなの」
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月海(ルア)@新垢
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るしゅ
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「なんで?」
「眠そうって言われたり、おっとりとしているように見られるのがちょっと。実際はたくましいのに」
そうでないと四人の弟のお姉ちゃんはやっていけない、と心で思った。家では長女で姉。しかし、ここでは何者でもない。よくも悪くも、そこは侑加次第だ。
「たれ目、いいと思うよ」
「本当?」
「たれ目がいいというか……」
侑加は顔ごとそらす。
「前沙さんがいいなって」
闇夜でわかりづらくとも、照れているように感じる。
月呼も侑加の顔がいいと思った。黒目がちの目。すっと筋のとおった鼻。厚い唇。鋭利な輪郭。そのすべてが。
顔だけじゃない。高い身長。恵まれた骨格。あくのない雰囲気。こちらの話を聞いてくれる姿勢。くしゃっとした笑顔。
「私の顔が熱くなったのには理由があるんだ」
月呼は侑加に本名や家族構成は明かせなくとも、できるだけ彼の前では誠実でありたいと感じた。
「私、だれかとキスするのが初めてだったの。キスだけじゃない。家族以外の男の人と手を繋いだのも初めて」
過去の恋愛話から察するものはあっただろうが、なんて思われるのだろうか。心臓がばくばくと鳴る。
「ごめん。こんな話、重いよね」
「……俺もそうだけれど」
侑加は目線をそらさずに言う。それのなにがおかしいのか、というような表情だ。
「そうだったんだ! てっきり、慣れているのかと」
「俺が? なんで?」
「うーん……」
女性が放っておかない存在だから、と正直には言えない。
ふたりはずっと見つめ合う。月呼は見ないで、ともう拒否しなかった。侑加の視線が自分にくぎづけとなっていることがよろこびとなる。
「俺の手、前沙さんの体温であたたかくなっている」
ふたりの立場は三十分間手を繋いだ時と正反対になっていた。
「ああ、むだに熱くてごめんね」
「今なら、暖房より人肌がいいという気持ちがわかる気がする」
月呼は侑加の気持ちの変化にはっとなる。
「運営に見られていないと不安だから、もう一回やっておこうか」
侑加が言った。
「そうだね」
ふたりは口づける。侑加はゲームにたいして慎重派なのか、それともこれは自分とキスしたい口実なのか――勘違いしそうになる自分をもうひとりの自分でくい止めた。
「寝ようか」
ふたりはベッドで横になる。月呼の唇は侑加の感触が残っていた。心臓はまだばくばくとしている。
ふと、メジェドの抱き枕が月呼の頭の中で浮かぶ。一度思い出すと、抱き枕がない違和感が月呼を襲う。体がそわそわとして寝つけない。
月呼はベッドから起き上がり、冷蔵庫のドアを開けた。ペットボトルの水をコップに移して飲む。
「どうかしたの?」
侑加が間接照明の電源をいれて、聞いた。
「私、昔から愛用の抱き枕がないと眠れなくて。荷物として持ってきたんだけれど、没収されているんだよね」
「俺の体に抱きついていいよ」
月呼は焦る。そんなことをしたら余計に眠れないだろうと思った。
月呼はまた仰向けになる。やはり、就寝するにはもの足りない。眠れないようでは、明日の予定に支障を来す。睡眠不足だと思考力がにぶる。そうなるとうっかり禁句を言って、リタイアとなる可能性がでてくる。侑加の体を抱き枕に見立てる、それを試してみる価値を感じた。
「侑加くん、ごめん! やっぱりあなたの体に抱きつかせてもらうね!」
月呼は侑加の上半身に抱きつく。
抱き枕とは大きさも感触も違う。侑加が呼吸をするたびに、彼の胴体が動く。侑加が生きている、月呼にはその実感が心地よかった。
女の自分が体を密着させて、侑加は変な気を起こさないだろうか。その時、自分はいやと思うのか?拒むのか?と。
侑加とは今日初めて会ったのに、同じベッドで寝ても不快な感じがしない。今までにない新鮮な気持ちにつつまれているけれど、ずっと前から彼とはこんな風に過ごしていたかのようだ。レムリアの読みどおり、ふたりの相性はぴったりなのではないかと思った。当然、よい意味でだ。
月呼は侑加の匂いと体温を感じながら、あのままクルージング旅行でなくてよかった、とまで結論づけていた。
コメント
1件
うわわわわ〜!!😭💕 第20話、めっちゃエモかった…! ルールのキス、しかもバルコニーでってムード重視な月呼ちゃん、わかるよ〜!そして侑加くんの「長めにやっておこう」が口実なのか本気なのかどっちにも取れるの、マジで心臓に悪い!!笑 ふたりともファーストキス同士っていうのがまた尊すぎる…照れ隠しで顔そらす侑加くん、完全に堕ちてるやつじゃん!抱き枕代わりに抱きつく展開も体温感じられて最高でした…次回も楽しみにしてます📚✨