会議に使っていた部屋を出るなり、執事のセドリックが待ち構えていた。
「旦那さま、クラリーチェ・ヴァレンティナ・モレッティ様に王都のご生家より急ぎの書状が届きました。実弟が落馬で大怪我を負われたとのことで、最終便でお帰りになられました。私の独断での手配、どうかご容赦ください」
クラリーチェは、結婚して間もなく夫を落馬事故で亡くした若き未亡人だ。
年老いた女性が多い家庭教師の職に彼女が就いているのも、その境遇ゆえだった。夫を失い、子宝にも恵まれなかった彼女が生家に戻らず身を立てるには、それしか道がなかったのだ。
だからこそ弟の落馬と聞けば、平静でいられるはずがない。クラリーチェを雇い入れる際、執事のセドリックにもリリアンナのカヴァネスを選定するのに意見を求めたため、彼もそれをよく知っていた。ゆえに主の指示を仰ぐよりも、彼女を一刻も早く帰すことを選んだのだ。
ランディリックは短く息を呑み、それからゆっくりとうなずいた。
「礼を言う、セドリック。……ところでリリアンナは?」
「クラリーチェ先生の言いつけを守り、書斎で復習に精を出しておられます。しっかり者のナディエルが傍に控えておりますので大丈夫かと」
ナディエルはリリアンナのことを本当に大切にしてくれる信頼の出来る侍女だ。あまりにリリアンナに肩入れし過ぎて、時に甘やかし過ぎるところがあるのが玉に瑕だが、彼女が付いていてくれるなら問題ないと思えた。
「そうか」
ランディリックは短く答え、気持ちを切り替えるように臣下へと向き直る。
「では、南の城壁を直しにいくぞ」
雪深いこの季節、獣の侵入を許すかもしれない南側の穴は、急ぎ塞がねばならない。厩舎へ続く小道のすぐそばにあいたその穴の外付近では、オオカミが食い散らかしたウサギの亡骸も見つかっている。
今日の明け方に仔馬が生まれたばかりの厩からは、いつも以上に血の匂いも漂っているだろう。
王都エスパハレのウールウォード邸から連れ帰ったリリアンナが、そんな厩舎へほぼ日参していることもあり、ランディリックにはもしものことがあってはならないという思いが強かった。
すでに己の目で城壁の穴を確認してはいたが、今度は修繕を担当する兵を伴い、具体的な方策を自ら指示するつもりだ。
コメント
1件