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ドアを開けると、宅急便の配達員が立っていた。
「お届け物でーす」
「あ、はーい」
エリオットは何事もなかったみたいに笑って受け取る。
さっきまで、あんな空気だったのに。
サインをして、軽く会釈して、ドアを閉める。
カチャ、と音がして——
静かになる。
一拍。
エリオットはそのまま荷物を持って振り返る。
「……なんか頼んだっけな」
完全に“いつも通り”の声。
チャンスは、その場から一歩も動いていない。
さっきと同じ位置で、同じ距離で、
ただ——空気だけが違う。
エリオットはテーブルに箱を置いて、カッターを手に取る。
「新作のチーズかな……あ、これだ」
淡々と箱を開ける。
ガムテープを切る音だけがやけに響く。
「ちょうどよかった、試したかったんだよね」
箱の中を覗き込みながら、普通に話す。
まるで——
さっきのことが何もなかったみたいに。
チャンスの眉が、ゆっくり寄る。
「……おい」
「ん?」
振り向きもしない。
「見てこれ、香り強そうじゃない?」
軽く振り返って、チーズを持ち上げて見せる。
笑ってる。
いつも通りの顔。
それが逆に、余計に引っかかる。
チャンスは数歩、近づく。
「エリオット」
「なに」
「さっきのは」
一瞬、間。
でもエリオットはすぐに答える。
「あー」
軽く流すような声。
「途中で止まっちゃったね」
さらっと言う。
まるで本当に“それだけ”みたいに。
チャンスの中で、何かがじわっと燻る。
「……それで終わりか」
エリオットは少しだけ首を傾げて、
「終わりっていうか」
またチーズに視線を落とす。
「今はこっち優先かな」
あっさり。
あまりにもあっさり。
その態度に、チャンスの手がわずかに強張る。
さっきまでの空気は、どこに行ったのか。
エリオットはナイフでチーズを切りながら、ぽつりと言う。
「冷めちゃうしね、ピザ」
完全に日常に戻す言葉。
でも——
その背中に、ほんの少しだけ隙がある。
チャンスはそれを見て、ゆっくり近づく。
背後まで来る。
ゆゆゆゆ
#doublefedora
3,275
エリオットは気づいてる。
でも、振り向かない。
そのまま、チーズを切る手を止めない。
「……ねえ」
先に口を開いたのは、エリオットだった。
「まだ我慢してる?」
振り向かないまま。
静かに。
チャンスの動きが止まる。
エリオットは小さく笑う。
「さっきの続き、したい顔してる」
図星。
でも、振り向かない。
あくまで“普通”のまま。
それが余計に煽る。
「でもさ」
一切れつまんで、軽く口に入れる。
「ちゃんと味見しないと」
もぐ、と噛みながら言う。
「仕事にならないでしょ」
正論みたいな顔で。
チャンスは、はっきりとため息をつく。
「……お前な」
「ん?」
ようやく、少しだけ振り向く。
その目が、ほんの少しだけ熱を残してる。
でも口元は、いつも通りの笑み。
「なに?」
無邪気に聞く。
そのギャップ。
チャンスは一瞬黙って——
そのまま、エリオットの手首を掴む。
包丁を持ってない方。
強くはないけど、逃がさない力。
エリオットの目が、わずかに揺れる。
でもすぐに、細くなる。
「……なに、チャンス」
低く、少しだけ楽しそうに。
チャンスは顔を寄せて、
耳元でぼそっと言う。
「あとで、覚えてろ」
その一言。
エリオットは一瞬だけ息を止めて——
すぐに、くすっと笑った。
「いいよ」
軽く肩をすくめる。
「ちゃんと相手してあげる」
また、さらっと言う。
でもその声は、さっきより少しだけ柔らかい。
チャンスは手を離す。
一歩下がる。
距離が戻る。
完全には戻らない空気だけ残して。
エリオットは何事もなかったみたいに作業に戻る。
でも——
さっきより、ほんの少しだけ動きが雑になる。
(……やば)
内心でだけ、息を吐く。
さっきの“来いよ”も、
今の「覚えてろ」も、
全部ちゃんと残ってる。
それでも、
振り向かない。
あくまで、普通に。
「ねえチャンス」
「……なんだ」
「次の試作、食べる?」
いつも通りの声。
でもその裏に、
“まだ終わってない”っていう気配が、ちゃんとある。