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「五代くんに一日も早く料理上手な彼女が出来るよう応援してるね!」
鈍感娘羽理がヘヘッと笑いながら、懇乃介の好意に満ちた視線をいとも簡単に叩き潰してしまう。
それでもさすが、断られるのには慣れっこ。マイナススタートからの相手でも上手く取り入り粘って何ぼのバイタリティ溢れる営業職と言うべきか。
「あ、あのっ。荒木先輩は料理とか……」
懲りない懇乃介がさらに食い下がって来て。
大葉は内心、(こいつ、すげぇな)と思わずにはいられない。
(いやいやいや! 感心してる場合じゃねぇぞ、俺!)
だがすぐに、羽理と懇乃介をそわそわしながら交互に見詰めた大葉だ。
そんな大葉の目の前。
「えー、私? 私はお料理がからっきしダメだから。そういうのを求める人とは付き合えないかな!? あー、でもっ! 手料理を食べさせてもらうのは好きだから五代くんの言いたいことは痛いほど分かるよ!? 胃袋掴まれたらやばいよね!? 美味しいものを振る舞われたらつい懐いちゃ……」
そこで、すぐ横にいる大葉が嬉しそうに「羽理……」とつぶやいて頬を緩めるのを見て、ハッとしたように口をつぐむと、
「と、ところで五代くんはお料理出来る人?」
などと取り繕って。
「あ、いや……お、俺も食う専門です……」
と懇乃介をしょげさせるから。
(羽理っ。今日も明日も明後日も……美味いもん、たんと食わしてやるからな!?)
一気に機嫌が回復した大葉だ。
「そっか。じゃあお互い自分でも少しは料理が作れるよう頑張ろうね。――ま、言うのは簡単だけど実際にやるのは難しいの、自分が一番よく分かってるんだけど」
「あ、はい、そうっすね。俺も……頑張ります!」
そんな二人の会話を聞きながら、
(はっはっはっ! どうだ、五代。脈なしだと分かったか!)
と声には出さず、心の中で勝利宣言をした大葉だったのだけれど。
ワンコ後輩は、大葉が考えるよりもはるかに手強かった。
「――それで荒木先輩! 料理が上達したあかつきには俺の手料理、食べてくれますか?」
とか。
思わず「はぁ!?」と言って二人を振り向かせてしまった大葉だ。
「お、お前らっ。……長話が過ぎるぞ? ……羽理、さっさとそれ、かごに入れろ。生鮮食品コーナーへ移動するぞ!」
グイッとかごを突き出して羽理が手にしたファンデーションを中に入れさせたと同時――。
「――あの、さっきから気になってたんですけど……視察なのに何故ファンデーション? そもそも荒木先輩、何で化粧品コーナーにいたんっすか?」
懇乃介から、至極ごもっともな質問が投げかけられた。
***
「そ、それはっ」
懇乃介の言葉に思わず言葉に詰まってしまった羽理だ。
助けを求めるようにすぐ横に立つ大葉を見上げたら、俺に振るなよ!と言いたげな顔をされてしまう。
だが――。
「キミもさっき俺たちに言っただろ。もう定時過ぎてんだ。彼女には俺の視察に付き合ってもらう代わりに好きなモン買ってやるって約束してあんだよ」
ぶすっとした調子ながらも大葉はちゃんと助け舟を出してくれた。
「なるほど。……けど、荒木先輩は財務経理課所属ですよね? いくら総務部の人間だからって……屋久蓑部長の視察に付き合ってること自体変じゃありません?」
大葉がおさめる総務部には企画管理課もある。リサーチならそちらの社員の方が適任と言えた。
五代懇乃介はそれを指摘しているのだろう。
懇乃介には、こんな感じで案外鋭いところがある。
羽理が面倒を見ている時からそうだったけれど、抜けているように見えて案外物事の本質は見えていたりするのだ。
それに加えて物怖じしないところと、少々のことでは諦めないしつこさが営業に向いていると見初められての、営業課への配属だったのだけれど。
(お願いだからここでそれを発揮しないでっ)
と思ってしまった羽理だ。
「そう変なことでもないだろう。彼女に付き合ってもらったのは、ただ単に仕事の出来る彼女から、女性目線での意見をもらいたかっただけだからな。キミは他部署だから知らんかもしれんが、企画管理課には今、独身女性がいない。家庭のある人間に仕事後付き合えとはいくら何でも言われんだろ? それに……」
だがそこは矢張り海千山千の部長様と言うべきか。
「いくら上司とは言え就業時間外に男と二人きりで出掛けるようなこと、パートナーがいる女性には頼めんだろう?」
大葉はさらりとそう告げるなり「じゃあ、俺たちは行くからな?」とさっさと懇乃介との会話を切り上げてしまう。
(あっ、部長、いま絶対、仁子のことを出される前に逃げましたね!?)
そう思いながらも、「じゃあね」と懇乃介に手を振って、大葉の後をそそくさとついて行った羽理だ。
そんな羽理の背中に、「荒木せんぱぁーい! 俺っ、髪色変えて料理覚えたら、絶対先輩に声掛けますからっ!」とワンコの声が投げかけられて――。
羽理は前を歩く大葉が、あからさまにチッと舌打ちしたのを聞いた。
***
「仕方ねぇからここで卵と牛乳買うぞ。あー、あとついでに粉チーズとほうれん草も仕入れとくか」
生鮮食品売り場に着くなり、大葉が次から次にポンポンと食材をかごの中へ放り込むから。
最初に羽理の入れたファンデーションが、みるみるうち食料たちにうずもれていく。
(あああっ。おひとり暮らしの癖にそんなにたくさん食材を入れてダメになりませんかねっ!?)
そう要らぬ心配をした羽理だったのだけれど。
「お前の化粧品は別の店で買うぞ? あの男がいると思ったら、羽理も落ち着いて選べんだろ? それと――」
そこで「お、鮭フレークがあるな。魚はこれでいいか」と小瓶が二個セットになった商品をかごに入れながら大葉が続ける。
「今夜はどっかの食い物屋に飯でも連れてってやろうかと思ってたが、予定変更だ。――俺が作る」
「えっ!?」
「羽理、パスタは好きか? 鮭とほうれん草のクリームパスタを作ろうと思うんだが……好きじゃないならメニュー変更ももちろん可能だぞ?」
「あ、あの……屋久蓑部長?」
「大葉」
「あー、あのっ。た、いよう……。そんな気を遣って頂かなくても私、夕飯とか近所のコンビニで適当に買って帰りますし……大丈夫ですよ?」
「何だ、羽理。俺の飯は食えんって言うのか?」
言外に〝あいつのは食いに行く気なのに?〟と付け加えられた気がして、思わず吐息を落としそうになった羽理だ。
(あー、何だか面倒なことになってきましたよ? きっとこれ、さっき五代くんが余計な一言を投げ掛けてきたせいですよね!?)
屋久蓑大葉には妙に負けず嫌いなところがあるらしい。
今まで接点がなかったから気付かなかったけれど、まぁ若くして部長にまで昇り詰めたような人だ。
多かれ少なかれ闘争心はないと無理なんだろうな?と思いはしたものの、羽理は正直面倒くさいなと感じずにはいられない。
「私、五代くんの手料理、食べに行くねって答えてませんよ?」
仕方なくそこは是とも非とも返答していないと告げた羽理だったのだけれど。
途端大葉がパッと瞳を輝かせてヨシヨシ、と羽理の頭をガシガシ撫でてくるから。
「もぉっ。髪の毛グチャグチャになっちゃったじゃないですかぁ」
と、ぷぅっと頬を膨らませた羽理だ。
「ああ、すまんな。――けど、お前はどんなにボロボロな状態でも可愛いぞ?」
なのに大葉がニコッと極上の笑顔を向けてそんな言葉を投げ掛けてくるから。不覚にも心臓がトクンッと跳ねて。
「はぅっ」
またしても『不整脈!?』と思ってしまった羽理だった。