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朝一から目にした面倒な手紙のことは無視して、ベルは庭師が運んで来た荷物を確認していた。先日に注文していた、森に入る為の物品が送られて来たのだ。
「これは葉月のね。サイズが合うと良いのだけれど」
何度か聞いた覚えがある台詞と共に差し出されたのは、ブーツやローブなどの衣類。森の中を歩く為に動き回りやすく、丈夫な物を選んでくれていた。ベルが手にしているのもよく似た感じだったので、さすがにお馴染みの黒いロングワンピでは森の探索はしないみたいだ。魔女ファッションは一時封印だ。
携帯食などの必需品を二つのリュックに分けて詰めているが、葉月が想像していたよりも明らかに少ない。一泊だけのソロキャンパーの方がもっと持ち歩いてるんじゃないかというくらい。水や火に関する荷物が無いと、かなり身軽だ。道なき道を進むのだから、これ以上荷物が増えると歩けないだろうし。
注文リストを片手にベルの作業を見守っているマーサは、横から手を出したくてウズウズしているのが見て取れた。彼女がやればもっと効率的に荷造りできるのだろうが、自分で詰めさせないとどこに何があるのか分からなくなる為、必死で我慢している様子だった。
「昼前には出ようかしら」
ちょっと街まで、というノリで軽く告げられ、葉月は目をぱちくりさせた。いつもと変わらない朝だと思って過ごしていたから、心の準備は全くだ。
「前もって言うと、眠れなくなるでしょう?」
驚いて固まっている少女に、悪戯っぽく笑ってみせる。確かに、先に言われていたら昨晩は確実に眠れていなかったはずだ。
「お昼用の軽食はもう準備してございますわ」
「さすがね、マーサ」
調理場に戻って、朝から仕込んでおいたお弁当を布に包んで持ってくる。バスケットに入れると荷物になるからという心遣いもさすがだ。
「くーちゃんも準備はいいかしら?」
見慣れない荷物に興味津々と、しきりに匂いを嗅いで回っていた猫にも問いかける。手を伸ばして背中を撫でられると、嬉しそうに尻尾を伸ばして「みゃーん」と返事してみせた。
「そうそう、これは念の為にね」
そう言ってベルから渡されたのは、黄色の魔石を埋め込んだブローチ。黄色ということは魔獣除けだろう。花をモチーフにしたデザインはなかなか可愛い。アクセサリーとしても十分に使えそうだ。
「結界を張りながら歩くのは面倒だから、取り寄せてみたの」
魔女だって、楽をする為なら魔石も使う。森の魔女はちっぽけなことには拘らない。デザインを見たところ最初から葉月用に作って貰ったのだろう。ベルが付けるには少し幼い気がする。
「ありがとうございますっ。早速、着替えて付けてみますね!」
嬉しそうに着替え一式を持って二階へ上がっていく葉月の姿に、ふふふとベルは満足気に笑っていた。気負いせずに冒険を楽しんでくれたらと、少女の為にいろいろ考えた甲斐があったものだ。
「お気を付けて、行ってらっしゃいませね」
「大丈夫よ、マーサ。疲れたらすぐに戻ってくるわ」
言葉ほどは心配していなさそうな世話係に、微笑んで返す。お嬢様のことだし、本当にあっという間に帰ってきそうだとマーサは苦笑した。
葉月が降りてくる気配に二人は振り向き、そして目を合わせて頷き合った。注文リストを作りながら一番揉めたのが、これだった。
「よく似合ってるわ」
「ええ。本当に」
シンプルな白シャツに皮のベスト、黒のスリムなパンツに編み上げのブーツ。それだけなら乗馬ファッションと言ったところだったが、上に羽織ったのはフード付きの黒いローブ。
動きやすいジャケットにするか、ローブにするかで散々迷ったが、最終的には魔女らしさを優先することになった。森を歩くならローブで身体を包んで目立たなくする方が魔獣から見つかる確率を下げるし、最良だ。
作業場へ薬類を取りに入ったついでにそこで着替えを終わらせると、ベルは外に向かって魔力を飛ばした。契約獣のブリッドへ、これから森に入ることを伝える。
「行ってらっしゃいませ」
「シュコールのお嬢様から連絡あっても、放っておいてね」
入口扉まで見送りに出てくれたマーサに、釘を刺しておくのは忘れなかった。あの手紙の調子だと、また何かしらの接触があるかもしれない。
結界を出る前には館の裏近くで作業している庭師の姿も見えた。頭を下げて見送ってくれた老人へ、片手を振って返す。
「さあ、これからはくーちゃん次第よ」
「みゃーん」
猫がどこへ向かうのか、皆目見当が付かない。仲間の居る場所へ向かうのか、はたまた別の場所なのか……。くーがこの地で目的としている場所を二人と一匹は目指した。