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結界を出てしばらくは綺麗に整備された森の道を歩いていた。街へ向かった時に通った道なので、馬車が往来できる広さもある。てっきり最初から森の険しい獣道を行くのかと思っていたから拍子抜けだった。
葉月達を引率するように前を歩く愛猫は、ご機嫌で尻尾を伸ばしていた。ゆっくり進みながらも、道端に生えた草を嗅いだりと遊びながらどこかへ向かっているようだった。
「途中で森に入るのかしらね?」
道なりに行けば、街に辿り着いてしまう。と言っても、徒歩だと2、3時間はかかる距離があるので、何かしらのタイミングで道を逸れるつもりだろうか。猫なりに二人が歩きやすい道を選んでくれているように思えた。そもそも、くーだけなら飛べば済む話だ。だって猫には翼があるのだから。
舗装された道を半分くらい行ったところで、猫はふと立ち止まった。そして、ひょいと左手の森の中へ進路を変えた。
「南に向かうのね」
「ここからは道は無いんですね……」
先を歩く猫は、変わらず軽い足取りで、後からついてくる二人を振り返って確認しつつ、ゆっくりと森の中に入って行く。まだ昼前だというのに、奥へ行くにつれて光は遮断されて薄暗くなっていく。
「くーちゃんが行こうとしているところには、何があると思います?」
「そうねぇ、わざわざ人を連れて行こうとしているくらいだから……」
歩きながら首を傾げる。くーだけでは処理しきれない何かがあるのか、それとも人に見せたいものがその場にあると考えるのが自然だ。
「封印された古代竜とかだと、どうしようかしら」
半分本気と言った風に答えられ、瞬時に葉月の顔が強張る。冒険譚の英雄が実在したということは、三十年前のこの森には古代竜も居たということ。
「竜が居たら、戦うんですか?」
怯えながら聞いてこられ、少し冗談が過ぎたかしらとベルは反省した。可能性はゼロではないけれど、わざわざ脅かすようなことは言うべきではなかったようだ。
「父と聖獣三匹で苦戦したのなら、私達だけでは無理でしょうね。戻って宮廷へ報告するのが精いっぱいね」
「そっか、良かった……」
ベルの答えにホッとする。まだ魔獣相手でも腰が引けている状態なのに、竜と戦うなんて無理だ。今だって、枝や草を掻き分けて歩いているだけでもいっぱいいっぱいになってるくらいだ。
さすがに少し息が上がり始めて来た。整備された道では感じなかった精神的な疲労感が襲ってくる。足元に気を使いながら歩くのは、体力以外の消耗も伴う。けれど、休憩が取れるような開けた場所には辿り着きそうもない。くーもペースを落として心配そうに振り返っていた。
歩き辛さから結構な距離を進んだ気になるが、実際にはそれほどじゃないのだろう。上から見下ろせたら今いる位置も分かるのに、と葉月は空を見上げた。
「あ、ブリッド?」
頭上の木々の間から見えたのは、ベルの契約獣が羽ばたく姿。オオワシは彼女らの上を旋回しているようだった。
「念の為に、上から見張ってもらってるの」
森に入ってから一度も魔獣と遭遇していなかったのは、魔獣除けのおかげかと葉月は思い込んでいたが、実はそうでもなかったようだ。魔石の効果は魔獣から察知されないようにするだけで、自分達が向かう先にすでに居た場合は避けることはできない。
けれど、彼女らが魔獣の姿を見かけないでいられたのは、上空から見守っているオオワシと、先頭を歩く猫のおかげ。小型の弱い物は彼らの気配で逃げてしまうし、それよりも大きな物も葉月が気付いていない内に消し炭になっていたのかもしれない。
館の裏に薬草採取に行った時とベルのノリがあまり変わらないなと思ってはいたが、理由が分かった気がした。移動距離は長いけれど、気負うほどの危険はないってことなんだと、葉月はここにきてやっと肩の力が抜けた。
「ベルさん、抜かりないですね」
「面倒なことは嫌だもの」
ふふふ、気が付いた? と楽しそうに笑われた。でも、転んだりして怪我するのは防げないから、それだけは気を付けてと注意される。一応、傷薬も多めに持って来てはいるけれど、と。
「帰りたくなったら言ってね、ブリッドに飛んでもらうから」
「え?」
「荷物より軽ければ、運べるわ」
大量の薬瓶を街まで運んでいたことを考えると、不可能ではない。そんなことを話している内に、少しばかり開けた場所にようやく到着した。館を出てから初めての休憩だ。
背負い続けていたリュックを降ろして、手頃な倒木へと腰掛ける。不慣れな道を歩き続けた足はかなり疲労していた。ベルの方を見ると、小型のポットで薬草茶を淹れていた。葉月も自分のリュックから猫用のカップを取り出して魔法で水を注ぎ入れると、それをくーの前に置いてやった。
ベルが淹れてくれた薬草茶はいつもと変わらない味がした。魔力は使っていないけれど、お茶の温かさに身体がほぐれる感覚がした。