《魔神城》
――そこは、勇者を迎え撃つためだけに設計された特別な間だった。
広大な円形の空間。
天井を支える白亜の柱が幾本も立ち並び、中央には円状の階段と、その頂に鎮座する漆黒の玉座。
外は深夜のはずなのに、天井の高窓からは神々しい光が差し込み、闇を払うように部屋全体を照らしていた。
「全力で来い……勇者よ」
低く、しかし圧を帯びた声が響く。
玉座から立ち上がった魔神は、黒と紫に輝く禍々しい兜を装着し、金色の瞳で二人を見下ろした。
「言われなくても!」
リュウトとヒロユキ、二人の勇者が同時に駆け出す。
黄金のランスと、美しい日本刀。
刃先に魔力を凝縮し、最大威力の神級魔法を解き放たんと構え――その詠唱を口にした。
「「【目撃――」」
「甘いわ」
低く吐き捨てるような声とともに、魔神の姿が掻き消える。
「――突】!」
「――斬】!」
斬撃も突きも、虚空を裂いただけだった。
確かに正面にいたはずの魔神の気配が、消えている。
「どこ行きやがった!?」
「……! 後ろだ!」
「遅い」
背後から響く声。
振り返るより早く、純白の光線が放たれ、二人の武器の柄を撃ち抜いた。
「っ!」
金属音と共に、リュウトのランスは遠く床に転がり、ヒロユキの日本刀は逆方向へと跳ね飛ばされる。
「どうして……!」
魔神は鼻で笑った。
「ふん……お前たちの【目撃】など、見ればすぐに分かる。相手を“視認”すれば必中などという、笑止千万な力よ」
「……っ」
「対処など容易い。視界から消える速さで動くか、あるいは武器を握る手を奪えばよい。それだけだ」
言葉と同時、魔神の足が閃く。
日本刀を魔力で呼び戻そうとしたヒロユキの腹部に鋭い蹴りが突き刺さり、彼の身体は宙を舞って支柱に叩きつけられた。
「……がはっ!」
「それしか武器を持てぬ者は、魔力で呼び戻すその瞬間が命取りだ――その隙、余が見逃すと思うか?」
「ヒロユキ!」
「……来るな!」
駆け寄ろうとしたリュウトを、ヒロユキが鋭く制した。
「良い判断だ」
魔神はそれを見て指を鳴らす。瞬間、ヒロユキの装備に紫色の魔法陣が浮かび、轟音とともに爆発が起きた。
「ヒロユキ!!」
「我が触れた時に、すでに幾つか仕掛けをしておいた。……貴様はあいつに感謝するんだな。
あいつもろとも、近づいてきた貴様を排除しようとしたが……あの瞬間、我の意図に気付き、罠だと悟った」
魔神はわずかに口元を歪める。
「だが――休んでいる暇はないぞ」
爆煙の立ちこめる中、魔神はためらいなくリュウトに魔法攻撃を放った。
「くそ!」
リュウトは支柱を縫うように全力で走り、光の弾を避ける。
「ハハハッ、避けているだけでは、こちらに届かないぞ」
「そんなこと……わかってる!」
走る先――彼の視線の先には、床に転がった黄金のランスがある。
「浅はかな考えだな。我を倒せるのはその武器だけ……当然、警戒している」
次の瞬間、眩い白光が奔り、槍を直撃して弾き飛ばした。
「くそ! 【メテオブラスト】!」
巨大な魔法陣が前方に展開され、炎の渦が魔神を飲み込む。
「……愚かだな。そんなものが効くと、本気で思っているのか?」
炎の中で、魔神は一歩も退かず、ただ命令する様に呟いた。
「――【凍れ】」
「__っ!?」
炎が一瞬で凍り付き、砕け散る。
「魔法の根本を理解していない愚か者め」
「槍さえあれば……!」
「無いならどうする?勇者よ」
「うおおおおおおお!」
「捨て身の突撃か……いいだろう、来い」
魔神はつまらなそうに腕を組み、突進してくるリュウトを冷ややかに見据えた。
「てりゃぁぁぁあ!」
「くだらん」
軽く身をずらし、リュウトの突きを躱すと、そのまま首を掴み上げる。
「ぐっ……あ……」
「死ね」
無慈悲な言葉とともに指が締まる――はずだった。
だが、その瞬間。
「……はぁぁぁあ!」
魔神の腕が、閃く刃と共に断たれ、地面へと落ちた。
「__!」
そこに立っていたのは、さっきまで倒れていたはずの男――ヒロユキ。
血の気を帯びた視線が、魔神を真っ直ぐに射抜く。
「……起きるのが遅いぞ、ヒロユキ……」
「……すまん」
その瞳には【魔王カクリコーンの紋章】が浮かび上がっていた。