「なあ、俺さ……お前に言いたいことがあったんだよ」
捌剣市には冬がやってきた。二日前にちらちらと雪が降り始め、つもりはしなかったものの、朝方には草花に霜が降りていた。指先の感覚がおかしくなるぐらいには寒さも厳しいものになってくる。
捌剣市のとある寺にある墓地の、神津の墓の前で俺は手を合わせる。線香がなびき、ほのかなグレーが宙を漂い消えていく。この煙は神津のいるところまで届いているのだろうか、などとどこにいるかもわからない、もう会話を交わすこともできないダチのことを偲ぶ。
「ミオミオ、花買ってきたよ」
「遅かったな。何してたんだよ」
「ちょっと混んでたのー怒らない、怒らない」
にへらっとして現れた空は両手に花束を抱えていた。墓に備える花らしく鮮やかで匂いもきつくないものだった。よく見る菊の花の中に、俺は見慣れない青い花を見つけた。
「んだよ、それ」
「ああ、これ? 生けるわけじゃないけど、何となく……うーん、何となくじゃないな。これ、ユキユキに見せたいと思ったから」
と、空は屈みとりあえず墓の前で手を合わせる。
こうして頻繁に神津の墓参りに来ているわけだが、いつ来てもきれいで誰かが掃除しているようだった。大方予想はつくが、一度もその本人、明智とは鉢合わせたことがなかった。これだけ頻繁に言っていれば一度くらいあるだろうと思っていたのだが、どうやら俺達をまくのがうまいらしい。住職に聞けば、少し前に帰られましたよ。なんていわれたこともあった。まあ、明智のことだ、俺達にそういう姿を見せたくないのだろう。
そんなことを思いつつ、俺は空の持ってきた青い花に妙に惹かれてしまった。いつもなら花などどうとも考えないのに、その鮮やかな青色に、目を奪われてしまった。
神津にもらった最後のプレゼントであるジニアのアクアリウムのせいだろうか。それとも、明智の母親が花屋のせいだろうか。いろいろ花と聞くと思い浮かべてしまう人物や事柄があるためだろう。いろいろとつながってしまい、それを思い出して、ひどく胸が締め付けられた。こんなことをずっと繰り返している。
後から入ってきたくせに、俺達の輪にすっかりなじんで、四人でいることが当たり前になって。それで、遅めの青春だって言って馬鹿をやった。そんなダチは突然吹き飛んでしまった。まだ聞きたいことや、明智との関係とか、俺も言いたいこと、言えなかったことがたくさんあったというのに、本当にひどい奴だと思った。いくら文句を言っても、もう届かないだろうけど。
「花に興味持つなんて珍しいね。ミオミオ」
「あー彼奴らのが移ったのかもしれねえ」
「言えてる」
と、空はクスリと笑った。
空はあの事件があっても変わらなかった。だが陰でこそこそ泣いているようだったし、空も空で明智のように事件のことを追っていた。勿論仕事ではなく自ら進んで。手がかりは結局のところ俺も、空も、明智もつかめていない。犯人が男か女かもわからない。
だが、明智の顔を見る限り何となくただの爆弾魔ということではないようだった。
そんなことを考えていると、空が「見る?」と青い花を差し出してきた。俺はそれを受け取って間近で見る。それは一層青く、力強い花弁をしているように感じた。
「アネモネっていう花。普通は赤色とか白色とかなんだけど、それはちょっと特殊」
「まあ、青なんて珍しいもんな」
いいや、探せばあるのだろうが俺の知識がないだけだ。と心の中で突っ込みを入れる。こんな時明智がいれば、俺達よりかは詳しいだろうし、花の説明でもしてくれただろうか。
「ほら、前にユキユキにもらったアクアリウム。あれの中に入っていた百日草と同じで多年草何だって。いろいろ神話だったり、伝説だったり色々出てくるからすごくオレにはなじみある花かなあ」
「お前が花に興味あったなんて知らなかったわ」
「興味が湧いたのはつい最近かな。ハルハルとユキユキのこともあって」
と、空は頬をかいた。
確かに空はそういうのが好きそうだし、興味関心を一度でも持てばとことんのめり込むタイプだった。良くも悪くも相手の色に染まれるようなそんな男だった。それはまるで、色を変えるあの大空のようで、名前の通りだな……と少し笑えて来てしまった。
明智の色も、神津の色も持っている空はきっときれいなんだろう。
「そんで? その花の花言葉とか……も知ってんのかよ」
「もっちろん。知ってるから買ってきちゃったの」
買ってきちゃったの。が正しいかはわからないが、俺も興味が出てきて、どんな? と聞く。すると空は自慢げに胸を張って、それからふと寂しそうな顔をした。
「色によって違うんだけど、この青色は『固い誓い』……絶対に犯人を捕まえるっていう、そういう約束の意味を込めて。まあ、ユキユキがそれを望んでいるかどうかはわからないけど」
「オレはそう、自分に誓った」と見たこともないような真剣な表情で空は呟いた。いつも調子に乗っているような、それでいてかわい子ぶっているような空の珍しい表情に、俺はあっけにとられていた。
空も神津のことを引きずっているのだろうとは思っていた。だが、俺が思っている以上に、空は神津のことを思っていたのだろう。趣味があったというのもあるし、ほかにも理由がありそうだが。
(なあ、そんなことしてお前までいなくならないでくれよ……)
消えていしまいそうな、ダチに仇を取るというように誓った親友を見て、俺は伸ばした手を引っ込めるしかなかった。つかんでも、きっと空を切るような思いをしてしまうだろうから。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!