月曜日の放課後。
美術室の隅、静かな空間で、恭平はひとり絵を描いていた。
誰もいない放課後のこの場所が、最近の“お気に入り”になっていた。
頭の中の景色を、鉛筆一本でキャンバスに映していく感覚。
それが、言葉にできない感情を救ってくれる気がした。
恭平:「……絵って、意外と気持ちええな」
その時。
女子生徒:「えっ!?うそ、恭平!?」
突然、後ろから声がした。
振り返ると――
同じクラスの女子グループが、ドアの前でこっちを見ていた。
女子生徒:「あんた、美術部とか入ってたっけ?」
女子生徒:「うわ〜、似合わん!なんか……マジで意外なんやけど」
女子生徒:「恭平って、そういうタイプちゃうやん!」
恭平は、動けなかった。
女子生徒:「ほら、前に“美術とか地味やから嫌い”って言ってたやん!」
女子生徒:「いや〜、恭平がこういうの描いてるの、ギャップっていうより……ちょっと笑えるっていうか……」
笑い声が、じわりと染み込んでくる。
恭平:「……帰って」
女子生徒:「え?」
恭平:「帰ってって言うてんねん!!」
怒鳴るような声が響いた。
女子たちは驚いたように目を見開き、数秒沈黙したあと、バツの悪そうに教室を出ていった。
静まり返る美術室。
恭平は、描きかけの絵をグシャリと丸めた。
恭平:(……やっぱり、無理や。“好き”とか“夢”とか、口に出したら否定される。“キャラじゃない”って、笑われる。――あいつらにとっての俺は、“おもろくてバカっぽい恭平”だけや)
その夜。
シェアハウスに帰った恭平は、みんなの顔を見ずに部屋へ直行した。
リビングでは、和也と丈一郎が心配そうに会話していた。
和也:「今日、なんかあったんかな……」
丈一郎:「朝は普通やったけどな……あの顔、絶対なにかあるって」
深夜。
恭平はベッドの上で、スケッチブックを開いたまま動けずにいた。
手は震えていた。
恭平:(怖い。もう誰にも、見せたくない)
でもその時――ノックの音。
和也:「恭平、開けて。俺や、和也」
恭平:「……無理や。今日は話す気せえへん」
和也:「いいよ、話さんでええ。横にいるだけでええ?」
しばらくの沈黙のあと、恭平は扉を開けた。
和也は静かに入ってきて、何も言わず横に座る。
恭平:「……俺、笑われた」
ぽつりと恭平がこぼす。
恭平:「“お前はそんなキャラちゃう”って。“美術やってるの、笑える”って……。なんで、“自分らしく”なろうとしただけで、笑われなあかんのやろな」
和也は小さく呟いた。
和也:「……それ、俺も言われたことある」
恭平:「え?」
和也:「“優等生っぽいのに、流星と仲いいんや”とか、“そんなマジメなやつが人の恋愛相談とか乗るの?”とか。誰かが決めた“お前らしさ”って、ほんまに厄介やで。でもそれって、他人が勝手に作った“キャラ”やから。“本当の恭平”を守るのは、自分しかおらん」
恭平は、涙をこらえるようにうつむいた。
恭平:「……俺、絵を描くの、好きやねん。昔から、誰にも言ってへんかったけど、ずっと好きで……でも、それを言ったら壊れそうで、怖かった」
和也がそっと言った。
和也:「怖くても、それを認めてくれる人、ここにいるで」
恭平は、そっとスケッチブックを開いた。
そこには、色鮮やかな、夜空を見上げる少年が描かれていた。
恭平:「……これ、今日完成させたやつ。誰にも見せへんつもりやったけど……お前には見せたかった」
和也:「……綺麗やな。“恭平らしい”って思ったよ」
涙が、ぽろりと落ちた。
“キャラ”じゃない、“本当の自分”が、少しだけ救われた気がした。