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第111話:初夏の夜の怪談配信? 画面の向こうの悲鳴
北海道の遅い春が過ぎ、限界集落の古民家には、初夏特有のひんやりとした夜風が吹き込んでいた。
網戸越しに聞こえるのは、夜の虫たちが奏でる心地よい大合唱だけだ。
縁側に置かれたちゃぶ台には、温かいほうじ茶の入った湯呑み。
そして俺の膝の上では、純白の神獣シロが香箱座りをして、神秘的な『オッドアイ』の瞳――左目のサファイアブルーと右目の琥珀色――を細めていた。
日中は『冷感マイナスイオン』を放っていたシロだが、肌寒い夜の気温に合わせて、今度はポカポカとした『極上の温感ヒーター(適温25度固定)』へと自動的にモードを切り替えていた。
「キュゥゥ……」
「コンッ……」
キタキツネの兄弟、コン吉とコン次郎も、まだ朝晩の冷え込みが苦手なのか、モフモフ感を増した体を丸めてシロの温気にすり寄っている。
「はぁ〜……まだ夜は冷えますねぇ、お兄さん。涼しくて、静かで、最高です……」
小春ちゃんが、ちゃんちゃんこを羽織りながら、ほうじ茶をずずっと啜る。
ジンバルに固定された俺のiPhone miniが映し出すのは、一切のノイズがない、世界一平和な初夏の夜の配信風景だった。
チャット欄のスクロールも穏やかで、一千万人のリスナーたちが、画面越しにこの『究極の静寂』を共有して癒やされていた。
『虫の音が最高BGMすぎる』
『シロ様が湯たんぽモードになってて尊い……』
『都会の喧騒に疲れた心に染み渡るわぁ……』
俺も陸上自衛隊『需品科』時代に叩き込まれた、深夜の歩哨任務(見張り)のピリピリした記憶を忘れ去りそうになるほど、完全に脱力していた。
だが、限界スローライフの平穏は、常に唐突に破られる運命にある。
『……ガサガサッ!!』
突然。
古民家の外、漆黒の闇に包まれた裏庭の茂みから、明らかに虫の音ではない『異音』が響いた。
「……ひっ!?」
小春ちゃんが肩をビクッと跳ねさせ、俺の袖をギュッと掴んだ。
「お、お兄さん……今の音、なんですか? まさか、幽霊とか……」
『ピクッ』
シロが片目を開け、コン吉とコン次郎も耳をピンと立てて闇夜の方角を見つめる。
『……ガタッ! ゴトンッ!!』
今度は、外に置いてある空のバケツが蹴飛ばされたような、明確な物理音が響いた。
「ひぃぃっ! 絶対何かいますよぉぉ!」
小春ちゃんが悲鳴を上げて俺の背中に隠れる。
だが、この異常事態に、小春ちゃん以上にパニックに陥った者たちがいた。
それは、ジンバルの向こう側で見守っている、国家規模の財力と権力を握る『共犯者(VIP)たち』だった。
『(ドバイの石油王からの¥50,000MeTubeギフト)=”Master!! Is it an assassin sent by the companies we crushed!? I am hacking into a military reconnaissance satellite right now to scan your perimeter!“(主よ!! 我々が潰した企業が送り込んだ暗殺者か!? 今すぐ軍事偵察衛星をハッキングして、君の周辺をサーモグラフィーでスキャンする!)』
『(スイスの銀行家からの¥50,000MeTubeギフト)=”I will immediately freeze all transportation and financial networks within a 50km radius! The hitman will not escape alive!“(直ちに半径50キロ圏内の全交通網と金融網を凍結する! ヒットマンは生かして帰さん!)』
『(ハリウッド女優シャーロットからの$500MeTubeギフト×10連発)=”Akiya! Stay down! I’m sending a private military helicopter right now!“(お兄さん! 伏せて! 今すぐ民間軍事会社のヘリコプターを向かわせるわ!)』
「……は?」
俺の口から、素っ頓狂な声が漏れた。
チャット欄のスクロール速度が、さっきまでの穏やかな小川から、突如としてナイアガラの滝へと変貌した。
『やばい! VIPたちが本気で戦争の準備始めてるww』
『軍事衛星のハッキングってなんだよww 国家犯罪だろww』
『ヒットマンって映画の見すぎwww』
『石油王が本気で焦ってて草』
「お、お兄さん!! 石油王さんが軍事衛星をハッキングするって言ってます! 銀行家さんも交通網を止めるって! た、ただの物音なのに、第三次世界大戦が起きちゃいます!!」
小春ちゃんが、幽霊への恐怖を完全に忘れてパニックを起こしている。
俺は深くため息をつき、極めて冷静に、そしてストイックな元社畜の顔でカメラに向き直った。
「皆さま、落ち着いてください。今から俺が、この異常事態を論理的に説明します」
『出たァァァァァ!!!』
『主の限界言い訳タイム・深夜のヒットマン編ww』
『さあ、この世界大戦の危機をどうやって回避する気だ!』
俺はほうじ茶で喉を潤し、キリッとした真顔で言い放った。
「ドバイの彼が言っている『軍事衛星のハッキング』というのは、スマホの天気予報アプリで雨雲レーダーを見ているだけの高度なITジョークです。そして、スイスの彼が言っている『交通網と金融網の凍結』ですが、これは北海道の限界集落では、夜の十時を過ぎればバスも止まり、コンビニのATMすら眠りにつくという、ただの『田舎の過疎化現象』を大げさに表現したに過ぎません。ええ、すべてはグローバルエリート特有のブラックジョークですね」
「んなわけあるかあああ!!!」
小春ちゃんが、俺の背中に愛ある座布団・スマッシュを見舞った。
「石油王さんはガチの軍事権力持ってるじゃないですか!! 銀行家さんも前に本当に経済制裁してましたよね!? どう見てもジョークじゃなくて、お兄さんを本気で守ろうとして焦ってるだけでしょ!! いい加減、自分の周りのリスナーの異常性を認めなさい!!」
『小春ちゃんの座布団スマッシュ炸裂ww』
『天気予報アプリ(軍事偵察衛星)』
『田舎の過疎化(交通・金融の完全凍結)』
『適応力バグおじさん、ついに軍事衛星まで天気予報アプリにすり替えるww』
一千万人のリスナーが大爆笑の渦に包まれ、緊迫感が一気にコメディへと昇華されていく。
『ミャウ(まったく、騒がしいわね)』
シロが欠伸をしながら、俺の膝からゆっくりと降りた。
コン吉とコン次郎も、恐怖よりも好奇心が勝ったのか、トコトコと縁側の端へ向かっていく。
「まぁ、幽霊にせよヒットマンにせよ、放っておくわけにはいかないな」
俺は立ち上がり、物置から強力なLEDタクティカルライト(軍用規格)を取り出した。
陸上自衛隊『需品科』たるもの、夜間の陣地偵察(パトロール)を怠ることは許されない。
「お、お兄さん……本当に行くんですか? 気をつけてくださいよ……!」
小春ちゃんが心配そうに見守る中、俺は古民家のガラス戸を開け、ひんやりとした初夏の闇夜へと足を踏み出した。
『カチャッ』
タクティカルライトの強烈な光が、裏庭の茂みを真っ白に照らし出す。
「……そこにいるのは、誰だ」
俺が低く、元自衛官としての凄みのある声で威嚇した、その瞬間。
茂みの奥で、光に照らされた『二つの小さな瞳』が、キラッと反射した。
「……キュゥ……」
微かに聞こえたのは、ヒットマンの銃の装填音でも、幽霊の呪詛でもなく。
どこか弱々しく、助けを求めるような、小さな動物の鳴き声だった。
俺はライトの光量を落とし、ゆっくりと、警戒を解いて茂みへと近づいていった。
世界中のVIPたちが固唾を呑んで見守る中、初夏の夜の怪談騒動は、思いもよらない『新たな出会い』へと繋がろうとしていた。
コメント
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第111話読み終わったよ!平和な夜の配信から一転、物音でVIPたちが本気でパニックになって軍事衛星ハッキングとか言い出すの面白すぎたwww 主人公が「天気予報アプリです」って論破しようとして小春ちゃんに座布団スマッシュ食らうシーンで大爆笑したわ。最後の新たな動物の気配も気になるし、次話も楽しみにしてる🔥
#現代ドラマ
ゆうき あきや
4,038
259
#心理描写重視