馬車から降りたレンブラント達は、変わり果てた郊外の様子に呆然とした。道中城下町を抜けて来たが特に変わった様子は無かった。それが郊外に出た瞬間様変わりしたのだ。
「お、おい、何だよこれ……」
建ち並ぶ家々は昼間だというのに窓を閉め切り住民の姿は殆ど見当たらない。外の様子を窺っているのか時折窓の隙間から人影が動くのが見えた。そんな閑散とする中、武装した兵士等がチラホラと立っているのが見える。殺伐とした異様な光景に思わず声を上げたのはヘンリックだった。余りの衝撃にレンブラントは声すら出ない。
「うわあぁぁんーー‼︎」
「⁉︎」
暫し立ち尽くしていると小さな子供の泣き声に我に返った。
「も、申し訳ございません‼︎ お許し下さいっ」
「煩いっ‼︎」
泣く子供を抱き締め必死に兵士に頭を下げる母親らしき女性を、年若い兵士の男が蹴り飛ばした。そして鞘から剣を抜くと剣先を地べたに転がる女性へと突き付ける。
「っ⁉︎」
(まさか斬るつもりか⁉︎)
レンブラントは腰の剣に手を掛ける。ヘンリックやテオフィルも同じ様に身構えた。そして足を一歩踏み出した時だった。
ーーキーンッ‼︎
兵士の剣を何処からともなく現れた外套の男の剣が弾き飛ばした。そのまま素早い動きで流れる様に兵士の足を払い、地べたに尻餅を付いた男の喉元に剣先を突き付けた。
「な、何をする‼︎ 俺達は王太子殿下からの命を受けているんだぞ‼︎ こんな事をしてタダで済むと思っているのか⁉︎」
「タダで済まないなら、どうするつもりだ」
男はフードを脱ぎ顔を露わにした。見覚えのある金を帯びた淡褐色の髪と鋭い翡翠色の瞳にレンブラントは目を見張る。
「ユリウス・ソシュール……副団長、な、何故貴方が」
彼を見た瞬間兵士は青ざめ小刻みに身体を揺らす。彼の冷酷さを理解しているのだろう。一介の兵士など睨まれただけでも腰を抜かすくらいの威圧感を漂わせている。
ふとユリウスの背後からゆっくりと近付いて来る同じく外套を纏った人影が視界に入る。その人物は兵士の前に来ると徐にフードを剥ぐ。
「っ……」
その一瞬呼吸の仕方を忘れてしまった様に息が出来なくなる。陶器の様に白い肌と青みがかった銀色の美しい髪、ルビーの様に赤い瞳……恋しくて会いたくて仕方がなかった彼女がそこにはいた。
彼女は兵士を一瞥してから先程の女性の前に膝をつくと懐から小瓶を取り出す。
「心配は入りません。大丈夫ですよ」
不安気に見ている子供に声を掛け優しく微笑むと、彼女は小瓶中身を女性の傷口にそっと垂らした。するとその瞬間傷口が塞がった。
「き、奇跡だ……‼︎」
誰かがそう呟いた。いつの間にか身を潜めていた住民等が次々と姿を現すと瞬く間に群衆が出来上がる。
「聖女様だ‼︎」
「聖女様がおいでになった!」
「聖女様が私達を救って下さるわ!」
一気に歓声が沸き起こった。群衆は興奮した状態で「聖女様」「奇跡」だと口々に叫び出す。
「騙されるなっ! そいつは偽物だ‼︎」
兵士がそう叫んだ瞬間、群衆の中の一人が石を拾い上げ兵士に投げ付けた。それを見た周りも同調する様に真似をする。
「王太子の娼婦が偽物だろう!」
「あの女は魔女だ‼︎ 国王を病に伏せさせているのも王太子を使って俺達から税を搾り上げているのも全てあの魔女だ‼︎」
「王太子の犬が‼︎」
つい先程まで怯えていたのが嘘の様に人々は兵士を取り囲み威嚇でもするかの様に怒声をあげる。そんな彼等に兵士は怯えた様子で慌てて身体を起こし逃げて行く。近くでずっと様子を窺っていた他の兵士等も怯み必死になりながら逃げて行った。
目の前で繰り広げられた光景にレンブラントは先程とはまた違った意味で衝撃を受けた。一瞬にして状況が一変した。背筋が凍った。彼等は特別な訓練を受けた武装した兵士などでは無論ない。だが彼等に対して怖さを覚えた。一人や二人では無力でも何人も集まり群衆となれば武装した兵士すら敵わない。そしてその中心にいるのは彼女だ。
「……‼︎」
目の前の光景に困惑し立ち竦んでいると、強い視線を感じた。
(ティアナ……)
真っ直ぐにこちらを見つめる彼女と目が合うがそれも一瞬の事で、彼女は踵を返しこちらに背を向けると去って行ってしまった。だが何時迄も彼女を讃える民衆の声は鳴り止む事はなかった。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!