◻︎女の本音
世の中の女は、いろんな立場上の呼び方がある。
名前で呼べばそれだけなのに、〇〇の娘、〇〇の女、〇〇のママ、嫁、奥さん、そして義母、義妹、義姉…。
特に義という字が付く人とは、うまくやれそうな気がしない。
それまでに全く違う環境で生きてきたそれぞれが、結婚というしきたりで『義』のつく身内になる。
身内といっても、あまり親身になれなかったりするのは何故だろう?
夫を産んで育ててくれた人だから、もちろん感謝はある…けれど。
「ねぇ、美和子さん?このお茶どこのかしら?」
「どこのってそこのスーパーの」
「そうじゃなくてよ、産地いえ、お店ね」
「だから、スーパーです」
わかっている、お義母さんが言いたいことは。
お茶、特に日本茶にはうるさいことは聞かされているから少し前までは気をつけていた。
でも、私はスーパーのお茶でも全然かまわないしそれも美味しいと思うから、気にしないことに決めたのだ。
_____たまにしか来ない義母のために、なーんで高級な煎茶を用意しないといけないのよ!
「あら、ここにいいのがあるじゃない?こちらを飲みたいわ、淹れてくださる?」
「え?それですか?いいですけど」
義母が勝手に持ち出した茶筒は、京都のお土産にもらった有名なお茶専門店のものだが、中身は同じスーパーの茶葉だ。
「わかりました、すぐ淹れますね」
丁寧に淹れたお茶と、私も大好きな塩大福を並べた。
「うーん、いいお茶は香りから違うわねぇ」
両手で厳かにお茶をすするお義母さんに、“それ、さっきのと同じですよ”と言いたくなったけどそこはじっと堪える。
容器なんて適当なんだけど、私。
_____相変わらず外見が一番なのね、お義母さんは
同じお茶でも容器で味まで変わってしまうんだから。
「あ、来てたんだ、母さん」
「久しぶりね、隆一。なんか少し見ない間に老けたわね、苦労してるの?」
「おいおい、そりゃ50も過ぎれば老けてくるさ。ところで話しがあるって美和子が言ってたけど、なんのこと?」
私がお義母さんのことが苦手だと知ってる夫は、さっさと本題に入ろうとしてくれる、助かる。
「そうそう、聡家族が同居してくれることになったでしょ?それでリフォームするか、いっそのこと新しく建てるかで意見が合わないのよ、どうしたらいいと思う?」
バッグからファイルを取り出して、カタログや簡単な図面を開いて見せた。
「家のことなら俺より美和子の方が話がわかると思うよ、どう?」
「えー、わかるかなぁ?」
いつもは思ったことをズケズケ言う私でも、夫のお母さんが相手だと大人しくなる。1言えば5〜10の反論があるのは承知しているからだ。
「そうね、美和子さんの方がよくわかるかもしれないわね。どう?美和子さんの考えは。こっちは、キッチンとリビングを大きく広くして完全同居の形ね。こっちは、同居と言っても二世帯バージョンね」
「お義母さんはどっちがいいんですか?」
「私はこっち。広い吹き抜けのあるリビングでお友達を呼んでゆっくりお茶でもしたいわ、もちろん、いいお茶でね」
_____容器だけがいいお茶なんだけどな
とは、言わずにおいた。
「美和ちゃんはどう思う?」
夫が聞いてくる。
思ったままを言うべきか、それとも私が住むわけじゃないからテキトーに流すべきか。
私は時計を見て時間を確かめる。
「あの、これから聡さんも麻美さんもお義父さんも来てもらって、みんなで話してみてはどうですか?」
「みんなで?話したわよ。それでも決まらないからここに来たんですよ?」
「そうなんですが、とても大事な話をここで私たちだけで話すのもどうかと…」
私は夫に助けを求めるように、チラッと見た。
「そうだな。母さんのことだから、全部美和子が言ったことにして聡たちを言いくるめそうだし」
「あら、私はそんなことしませんよ。でもそうね、隆一がそう言うなら、あの人たちも呼びましょう」
お義母さんは話し終わらないうちにスマホを出して、電話をかけだす。
1時間後、広くないうちのリビングに大人6人が集まった。
「さてと、集まったところでみんなの意見を聞こうか?まず、父さんはどう思ってるの?」
「俺は…まぁ家のことは女の方がよくわかると思うから、母さんと麻美さんの考えでいいと思ってる」
「聡は?」
「俺は、できれば一人になれる書斎が欲しいかな?趣味の部屋というか…」
「え?それなら私も自分の部屋が欲しいわ、仕事から帰って一人になれる部屋、うん、欲しい」
麻美はフルタイムで事務の仕事をしている。
「麻美さん、それは贅沢じゃないかしら?夫婦は一つの部屋で睦まじく暮らすものよ」
「お義母さん、それは昔の話ですよ。今はそれぞれのプライベートが尊重される時代です。なんならお義母さんとお義父さんも部屋をそれぞれ分けたら?」
「私は必要ないわ、お父さんと一緒の部屋がいいわ、ね、お父さん?」
同意を求められたはずのお義父さんが、うんと言わない。
「もしかしてお義父さんも自分の部屋が欲しかったりするとか?」
私が訊いてみる。
「ん?あぁ、あればうれしいね。寝る時に本を読んでも気兼ねしなくていいからね」
「あら、あなたも?そんなことを気にしてるなんて知らなかったわ」
「言ってなかっただけだよ」
メモを取っていた夫が、よし!と手を叩いた。
「子供部屋も二つ必要だろうし、いっそのことそれぞれの個室を作っては?この際、客間はなくしてさ」
「客間がないとお客さまが泊まりに来た時にどうするの?」
「母さん、今までそんな人何人いた?もし今後また誰か来ても近くにある旅館でもとったらいいよ」
ん?我が夫ながらそれはいい考えだ。
「私もそう思います。いつ来るかわからないお客さんのために布団や食器などを用意しておくのも一苦労ですよ」
「ま、まぁ、それはそうね。じゃああとはキッチンね」
「キッチンは、二つ、お義母さんと麻美さんと作った方がいいと思います」
「二世帯ってこと?」
麻美が、身を乗り出す。
本心では完全同居より二世帯の方が希望なんだろう。
「大きなキッチンひとつだと、揉めますよ、麻美さんとお義母さん。女は火で喧嘩するらしいので」
「どういうこと?」
「食べたい時に食べたいものを作れないストレス、ですね。普段は一つのキッチンでもいいけど、食事の時間や好みが合わなかったら悲惨ですよ。それに、自分専用の冷蔵庫は欲しいと思いますよ」
「でも、もったいなくない?二つって」
「予算は膨らみますが、ストレスを感じながら毎日過ごすことを避けるためなら、必要経費だと思いますよ」
そうね…と考え込んでいる、麻美とお義母さん。