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——足音がしない。
それは、白がいなくなったからだった。
誰よりも足音を抑えて歩いていた男がいなくなっただけで、この施設は、急に生き物の心音を失ったように感じられた。
「……重いね」
ととがぽつりと呟いた。
灰色の部屋。テーブルの上には、ひと振りの黒刀が置かれている。
漆黒の刀身は、今や鉄の棒。しかし誰も、軽々しく触れようとはしなかった。
「データ、開くよ」
蕾が小さな端末に白が残したファイルを読み込む。
その動きは静かで、怒っているようでも、泣いているようでもない。でもその目は、少し赤かった。
「……開け」
小さな音とともに、スクリーンが展開された。
そこには白の筆跡と思われる文字。
・施設は実験用構造。だが複数層にわかれており、地下構造が存在する。
・下層には「人格実験に失敗した者」の痕跡あり。血痕、焼失した記録端末、壊された観察ユニット。
・この実験は「人格の選定」ではなく——“人格の適合性を破壊するため”のものかもしれない。
・評価に必要なのは正しさでも、生存力でもない。“物語性”と“観測者の好感度”。読者の期待に応える者だけが残る。
・俺にはそれができなかった。だから、終わりにする。代わりに、お前たちが進んでくれ。
「……これ、マジでさぁ……」
トオルが、テーブルに両肘をついて顔を覆った。
「俺たち、……エンタメなの? なんで生死を“好感度”で決められてんの?」
「……仕方ないよ」ととが言った。
「だってそういう“物語”ってことでしょ?」
「納得すんなよ!? おかしいだろ!? おれ……この世界、“法”が機能してないの、マジ無理!!」
「法はもう壊れたよ。とっくに」と蕾。
「この世界にあるのは、“選ばれること”だけ」
沈黙。
そして、カナデがポツリと呟く。
「……だったら、“選ばれなかった人”は……最初から、いなかったのと同じ?」
その言葉に、誰も答えなかった。
トオルも、蕾も、ととも、ただ黙っていた。
目の前にある黒刀が、まるで問いかけるように、沈黙していた。
その夜。
誰もいない廊下。
ととは一人、黒刀の前に立っていた。
「……白くん、さ」
彼女はその刀に語りかける。
「投票で落ちるとか……ほんと、運が悪かったね」
目を閉じる。
「でも、かっこよかったよ。わたし、好きだった」
そして——その刀を、そっと持ち上げた。
「わたしが見てくる。下の階、行けそうだから」
まるで、バトンのように。
「誰かが“映え”ないと、私たち、生きられないんでしょ?」
ととの目が、少しだけ鋭くなる。
それはいつものおちゃらけた彼女ではなく、
白の死を見て、何かを背負った者の目だった。
「私、次は人気出す。……覚悟、しといて?」
誰に言ったのかは、わからない。
けれどその声は、確かにどこかへ届いていた。
——そのとき、部屋のライトがわずかに瞬いた。
「……?」
彼女が振り返ったとき、
——黒刀が、ほんの一瞬だけ“赤く”光った。