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鮮やかな紅蓮。
一度目にしてしまえば、その色は一生脳裏に焼き付いて忘れることはないだろう。
トマトよりも赤くて、炎よりも熱く燃え上がるような、それでいて光沢があるように艶やかな赤色は、腰まで伸びており、女性ですらうらやむぐらいのそれは、一つに束ねられている。風が吹くたび紅蓮が揺れて、妖美でなのに儚い印象まで受けるのは何でだろうか。
「エトワール?」
そう私の名前を呼んだ彼、紅蓮の髪を持つアルベド・レイは私がここにいるのが信じられないとでも言うように、でも何処か嬉しそうな表情で、チューリップを踏みつけながら私の元に向かってきた。
(ああ、勿体ない)
こんなに綺麗なピンク色のチューリップなのに。そう思いながら、近付いてくるアルベドをゆっくりと見上げて、私は首を傾げた。
先ほど、よく分からないままとんとん拍子に追加隠しキャラとしてラヴァインが追加され、彼に助けられ、そうして話しているうちにすきを突かれて転移魔法で転移させられた訳なのだが。その転移先がレイ公爵家など思いもしなかった。
てっきり、皇宮にまで送り届けてくれるものだと期待していた分、これはまた意外な場所でどんなリアクションを取れば良いか分からなかった。取ったところで、原因となったラヴァインが見ているわけでも無いのに。
「お、おい、エトワール。大丈夫か?」
「あっ、あ、うん。大丈夫」
肩を掴まれ、軽く揺さぶられて、私の意識は完全に戻ってきた。
ラヴァインに強制転移されたところまではいい、でもなんで目の前にアルベドがいるのか。いや、レイ公爵家に転移させられたのだから、アルベドはいるのだろうけれど、彼は忙しい人だから、鉢合わせることも無いと思っていたのだが。
いいや、この際アルベドがいて良かったとは思っている。
「エトワール」
「何?」
「なんでここに?」
「さっきも聞いた。というか、私だってほんと迷惑してる」
「勝手に俺んちの領土にそれも、大切なチューリップ畑に土足で入ってきてか?」
と、アルベドは怪訝そうに眉をひそめる。
そりゃ、こっちに落ち度があるのかも知れないけれど、不本意じゃだし……と、私は顔を逸らすしか出来なかった。何を言っても彼には言い訳に聞えるだろうから。まあ、それはいいとして、彼も突然の訪問に驚いているのだ、あまり酷い言葉はかけられない。
私はいらないことを良く口にしてしまうから、後先考えずに。
「一人か?」
「一人、見て分かるでしょ」
「いや…………何でもない。取り敢えず、上がれ。そこにずっと居られても困るからな」
そう言って、アルベドは私に手を差し伸べた。
黒い手袋からも分かる大きくてごつごつとした男の人の手。彼の手を掴むのはこれが初めてではないが、いざ差し出されると取っていいのかわからなくなる。そんな風に見つめていると、アルベドは面倒くさそうに舌打ちをして、無理矢理私の手を掴んで立ち上がらせた。ぐいっと引っ張られたことで少し腕に痛みが走る。それをみたアルベドは「悪ぃ」と謝ってくれたが、取らなかった私にも否があると「大丈夫」とだけ返して、服についた誇りを払った。
それを見てか、アルベドは少し顔を赤くした後羽織っていた外套を私にかけると顔を逸らしてしまった。
「何よ」
「お前、何でそんなかっこしてんだ」
「そんなかっこって?………………ひいいいッ!」
私は、自分の服を見て彼からもらった外套で全身を隠した後、勢いのままアルベドを叩いてしまった。アルベドの頬からパシンッと乾いたそれでいて痛そうな音が響き、やってしまったと私は青ざめる。
美形の顔に紅葉がたが……!
私がそうあわあわとしていると、アルベドは大きく舌打ちをして、私を睨み付けた。曇りのない黄金の瞳は鋭く細められ、私は萎縮してしまう。
「ひぃいい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい!」
「おい、エトワール」
「許して下さい、わざとじゃないんです!」
「エトワール!」
「はい!」
怒られるんじゃないかと身構えていると、アルベドは呆れたようにはあ……と大きなため息をついて、私の頭を撫でた。その手つきが優しくて温かくて、思わず何で? と見上げれば、アルベドはばつが悪そうに口をとがらしていた。耳は赤く、どことなく隠し切れていない。
「なんで、アンタが耳真っ赤なのよ」
「真っ赤じゃねえし、つか、なんでそんな服がボロボロになってんだよ」
「これは、色々あって……てか、みてないでしょうね」
「見てねえよ」
「本当に?」
「…………見たかもしれねえけど、減るもんじゃねえだろ。そもそもねえし……」
と、アルベドは観念したようにそう言った。
私はその言葉を受けて、もう一度拳を握ったがこれ以上彼に怪我を負わせるわけにはいかないと、自分をおさえる。感情的になってもいい事なんて何もないから。
私の服は、きっとあの大蛇との戦いでボロボロになって、服をとかす毒にやられて目も当てられないぐらいに汚れただの布きれになってしまっている。隠したいところが隠せていないようなそれぐらい酷い有様だった。
そう自分で認識すると、途端に羞恥心にかられ、私は動けなくなってしまった。
だってこの状態で、ラヴァインと普通に会話していたのだから。彼はアルベドみたいな反応はしなかったものの、こうなっていることに気づいて黙っていたのだ。殆ど裸にちかいこんな格好をずっと顔色一つ変えずに見ていたというわけだ。
(私に、魅力がないって事!?)
確かに、エトワールには胸がないし、若干盛っている部分もあるけれどそれにしても、ちょっと失礼な気がする。アルベドの反応は嬉しくはないが、そういう反応をしてくれたことにはすこしだけ感謝している。いや、でもこんな姿リースにも見せたことがないのに。
(――って、なんでここでリースが出てくるのよ!?)
一人ノリツッコミをしながら、私はその場にしゃがみ込んだ。
恥ずかしくて消えてしまいたいとはこのことだ。穴があったら入りたい。むしろ、掘って埋まりたい。
私は、外套の前をぎゅっと握って、小さく丸まった。
もうこのままどこかに転移魔法で飛んでしまおうか。いや、転移魔法はバンバン発動できるものでもないし、せっかくアルベドが気を遣ってくれているのに、それを無碍にするわけにもいかない。
顔を上げれば、アルベドはチラチラとこちらを見ながら、でも自分は見ていないからなとでも主張するように明後日の方向を向いていた。
その様子が面白くて、つい笑ってしまう。すると、彼はムッとした様子で私を睨む。
「見てねえよ」
「はいはい。分かったから……アンタの弟は何も言わなかったけど、アンタは結構ウブというか……あ」
「は?」
余計なことを口走った自覚はあった。でも、その言葉を無かったことにはできない。だって、アルベドはしっかりとそれを聞いてしまったのだから。
(まずい、まずい、まずい、まずい、まずい、まずい――――!)
私は、アルベドから逃げるべくくるりと方向転換する。
「じゃ、じゃあ私はこれでぇ……」
そう言って走ろうと足に力を込めると、アルベドに「おい、待て」と腕を捕まれてしまう。びくともしない。
それどころか、さっきよりも強い力で引っ張られて、私は彼の胸に倒れ込んでしまう。
慌てて離れようとすると、アルベドは私を抱きしめるように腕を回してきた。
彼の体温が直に伝わる。彼の香りが鼻腔をくすぐる。
「ひ、ひぃぎゃああああああ!?」
「うわっ、うるせぇッ! 暴れんなよ」
「は、ははは、離して! いやああ!」
バタバタと手足を動かして抵抗するも、彼から離れられる気配はない。そればかりか、更に強く抱き締められてしまう始末だ。
どうしていいかわからず、パニックになっていると頭上から舌打ちをする音が聞こえたと思ったら、そのまま顎を掴まれた。
「な、何すんの」
「口塞いだら黙るかと思って」
「はあ!? ちょ、ちょ、ちょ!」
私が一人慌てていれば、アルベドは笑いが堪えきれないといったように手を離すと「じょーだん」と私の頭を撫でた。
その手つきは先程と違って優しくて温かいものだった。
「お前、本当に面白いリアクションするからな、からかいたくなるんだよ」
「ふざけんじゃないわよ! こっちは、凄く凄く……」
「凄く?」
「何でもない。と言うか寒いから中に入れて」
「勝手に来て、何様だよ」
と、そう言いつつもアルベドはついてこいと顎で私に指示をして歩き出した。私もその後を着いて行くが、何だか納得がいかないと頬を膨らませる。
しかし、彼はそんなのお構いなしにどんどん先に進んで行ってしまった。私は、置いていかれないように早足で彼に追いつく。
レイ公爵邸の中は何も変わっていなかった。相変わらず、何もない。公爵という位なのだから、結構派手な暮らしをしているものだと思っていたが、闇魔法の家門だからか、家主がそうなのかは知らないが、高そうなものは置いてあっても、ものがごちゃごちゃとしている感じはなかった。
アルベドに黙ってついていけば、彼は自分の部屋に案内し扉を開けた。アルベドの部屋も前来たときと何も変わっていない。白い花瓶にピンク色のチューリップが飾ってあるだけだった。
アルベドは、椅子にどかっと腰掛けると、頬杖をついて私の方を見た。
「何……?」
「服、用意してもらうまであっち向いてろ」
「アンタが見なければいい話じゃない!?」
「ここは俺の家だぞ? お前が勝手に出来る場所じゃねえ」
言われればそうなのだが。
そうこうしているうちに、メイドがやってきて、私に赤色のドレスを渡してくれた。赤色というのはきたことがないし、何よりその鮮やかな赤はアルベドを彷彿とさせて何かもやっとした。わざと選ばせたのかと思い見てみれば、アルベドは目を丸くしていた。
私は、部屋を移動し、そのドレスを着せてもらい、数分してから彼の部屋に戻った。
「何か文句あるの?」
「いーや、いつも戦闘服着てるから、こう、普通のドレスを着ているとちゃんと女なんだなーって」
「ほんと、余計なことばっかり言う。最低」
確かに、戦闘服……オーダーメイドで作ってもらった聖女専用の服を着ていることが殆どでドレスなど着ないからそう思われても仕方がないが、まさか彼に言われるとは思わなかった。
私も、自分が女の子らしい格好をするのは久々だった。何というか新鮮。
「まあ、黒よりは似合うだろう……一番は白だろうが、赤も似合ってるぜ」
「……」
「俺は嘘つかねえよ。誰かさんと違ってな」
と、アルベドは肩をすくめる。
言いたいことが何となく分かり、私は胸の前でギュッと手を握った。これから言われることが分かってしまったから。
「――――で? なんでお前はラヴァインと一緒にいたんだよ」