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(裸男、グッジョブです!)
羽理が心の中で大葉にサムズアップしたのは言うまでもない。
***
「あー、もう! 何であの子は! いつもいつも明らかに関係のないレシートを混ぜてくるかな!?」
「ああ、例のワンコくん?」
通帳などを外回り用のカバンに入れながら仁子がクスクス笑うから、羽理は眉根を寄せながらうなずいた。
仁子はここ最近外回りによく行ってくれる。
というより、単に土恵商事のメインバンクに、仁子好みのかっこいい男性が配属されたから……に他ならないらしいのだが、そのぶん羽理がデスクワークをカバーしている。
『羽理にそういう人が出来たら協力するからね!』とウィンクした仁子に、羽理は『よろしく』と返したのだけれど。
今の所、そんな気配は微塵もないのが悲しい限りだ。
(ま、私には推しがいるから)
課長席に座る倍相をちらりと見た羽理だったのだけれど。
推しと恋人はまた別枠だと言うのも十分すぎるほど分かっている。
くだんの倍相も、何となく部下二人の分担作業には気付いているようで、今朝営業課の仕分けを羽理に頼んできたのもきっとそのためだ。
「で、今回は何が混ざってたの?」
仁子に聞かれて、羽理は興味津々の目をした同僚の前に、コンビニのレシートを差し出した。
さほど長くない紙面に印字された品目は、タバコとコーヒーと弁当。そしてひとつ十円ちょっとで買える小さなチョロルチョコが二個。
「わー、これはまた分かりやすいね」
「うん」
仁子も言ったように、どう見ても個人的なレシートだよね?とは思いつつ。
それでも仕事にはめっぽう真面目に取り組む羽理としては、大事を取って別フロアにある営業課を訪れずにはいられなかった。
***
「わーい! 荒木先輩、待ってましたよぅ!」
営業課のドアをくぐったと同時、窓寄りの席に座った五代懇乃介からにこやかに手を振られて、羽理は心の中であからさまに溜め息を吐いた。
羽理より二つ年下のワンコ系営業マンの懇乃介は、仕事中だと言うのにまるでアフターファイブのようにネクタイを緩めて、おまけに胸元のボタンまでひとつ外している。
元々癖っ毛なのか、ゆるふわな髪の毛をクラウドマッシュに仕上げた懇乃介は、営業職としてはちょっと明る過ぎない?という印象のキャラメルブラウンの髪色だ。
(入社してきたばかりの頃はもう少し黒っぽい毛色だったのに)
羽理の勤める土恵商事では、新入社員は一ヶ月単位でいくつかの部署をランダムで回って研修をするシステムが採用されている。
その中で各課の上司や先輩たちから上がってきた評価シートで、最終的にどこの配属になるかが決まるのだけれど。
たまたま懇乃介が財務経理課へ研修に来た際、羽理が教育係として面倒を見たのをきっかけに、何故か未だにやたらと懐かれているのだ。
『俺は先輩の下で働きたかったのにぃー』
もちろん配属先は本人の希望もある程度は考慮されるのだけれど。
懇乃介は配属先希望調書の第一希望にも第二希望にも第三希望にも、バカのひとつ覚えみたいに『財務経理課』と書いたらしい。
だが肝心の志望動機欄に『荒木先輩がいるから!』という何とも困ったちゃんな回答をしたため、『五代くんはそう言う押しの強さを買われる形で営業課へ配属になったんですよ。あと、思い入れが強すぎて……荒木さんのストーカーになられても困りますしね。少し距離をあけてもらいました』と倍相課長から苦笑まじりに聞かされたのを覚えている羽理だ。
(いくら何でもストーカーにはならないと思うけどな?)
真っすぐ思いを伝えてくる懇乃介は、可愛い弟だな?と思うことはあっても、そういう陰湿な面はないように思えた羽理だ。
まぁ、理由はどうあれ営業へ配属してみると、懇乃介の人懐っこさは外部の人たちからも可愛く見えるみたいで、営業成績は割と上々らしい。
よく言えば取っ付きやすい。悪く言えばチャラチャラしたその見てくれと内面を持つ懇乃介が、少し垂れ気味の目を細めて自分へ向かって嬉し気に手を振る姿に、羽理は吐息を落とさずにはいられなかった。
このところ、毎度毎度領収証の中に明らかに個人的なモノを入れてくる懇乃介が、大好きな飼い主を見つけたワンコみたいにこちらへ駆け寄ってくるのを見ながら、羽理は(今回も絶対わざとだ)と確信する。
「俺、月に一回は荒木先輩の顔見ないと息が詰まるんっすよ」
「はいはい、そうですか」
調子の良いことを訴えてくる後輩を適当にあしらいながら、仕事とは絶対に関係ないであろうレシートを懇乃介の眼前でヒラヒラさせて――。
「研修の時にも教えたでしょう? こういうことされると『違う』って分かってても私、一応確認しなきゃ気が済まなくなるの! お願いだから無駄な時間を使わせないで?」
羽理が溜め息混じりにガツン!と言い放ったと同時。
「えへへー。けど実は無駄な時間じゃないんっすよ。――はい、これ」
悪びれた様子もなくスッと目の前に手を突き出された羽理は、困惑を隠せない。
「ほら、ぼぉーっとしてないで手ぇ、出してください。溶けちゃうじゃないっすか」
言われるまま差し出した手のひらの上に、見慣れない包装紙に包まれたチョロルチョコが二つ落とされた。
「先輩、前にブルーチーズ好きだって言ってましたよね? チョロルのブルーチーズ味、期間限定品らしいんで見つけた時、先輩に差し入れようと思って買っておいたんっす。二個あるんで、法忍先輩と一緒にどうぞ」
「え?」
「これ渡したくてわざとそん時のレシート、紛れ込ませてました。すんません」
口では謝りながらも、平然とした様子でニコッと微笑まれて、羽理は「はぁー」と吐息を落とさずにはいられない。
「五代くん、こういうのは……」
「いや! 皆まで言われなくても分かります! お、俺だって! ホントは領収持って行きがてら、経理課へ差し入れに行きたかったんっすよ。けど――」
倍相課長に『営業は忙しい部署でしょう? わざわざ個々に領収を持って来ないで、ある程度取りまとめてから雨衣課長経由で回して下さい』と釘を刺されたのだと言う。
営業課長の雨衣 一悟に異議申し立てをしてみたけれど、懇乃介の他にも困った面子がいるとかで、聞き届けてもらえなかったらしい。
「えっ?」
(他の部署の人たちは問題社員が混ざっていようと何だろうと、基本的に個人個人が持ってきているのに……。営業課だけ何で特別扱い?)
確かによその部署に比べたら接待などの絡みで経費の計上が多いけれど、それにしたって。
「戻ったら私からも倍相課長に確認してみるね。チョコ、有難う。けど……差し入れとかホント気にしなくていいから。代わりに仕事、バリバリ頑張って私たちのボーナスに反映させて? あー、あと! 髪の毛、もっと黒っぽい方が五代くんには似合うと思うし、服装もピシッとしてる方が好感度上がると思うぞ?」
まくし立てるように一気に言って踵を返した羽理に、「す、すぐ美容院行きます!」と言う声が投げかけられて。
クスッと笑いながら可愛いワンコを振り返ったら、ワイシャツのボタンを留めてネクタイをキチッと整えている懇乃介が目に入った。
(ホント、基本的には素直でいい子なんだけど)
手のかかるワンコのような後輩は可愛いけれど、他部署なのだし、もう自分たちのことは気に掛けてくれなくてもいいのにな?と、手の中のチョロルチョコ二つを見ながら思った羽理だった。
***
ジリリリリリー!と言う、まるで目覚まし時計のようなこの音は、土恵商事では昼休憩ですよ、の合図だ。
「ねぇ羽理! 倍相課長が今日のお昼一緒にどう?って誘ってくれたんだけど……もちろん行くよね?」
ベルが鳴ると同時、羽理はパーン!とエンターキーを叩いてデータを保存したと思しき法忍仁子から、そう声を掛けられた。
会社ではキリリと澄ました、〝出来るオフィスレディ〟を気取っている羽理だけれど、家では基本ぐぅたら。
女子力なんてどこかに置き忘れて久しいので、入社して以来手作り弁当なんて作ってきたことがない。
ランチは大抵コンビニ弁当か、会社に出入りしている仕出し屋の弁当か、はたまた近場の飲食店へ仁子と一緒に食べに行ったりしている。
長い付き合いでそれを知っている仁子が、いつもの調子で「せっかくだし一緒に食べに行こうよ」と誘ってくれたのだけれど。
「ごめん、仁子! 実は私、今日はお弁当持ってきてて……」
「嘘でしょ!」
「嘘じゃないよぅ」
「もぉ! どこで買ったヤツよ? 消費期限、夜までとかじゃないの!? 確認してみなさいよ!」
買ってきた品だと決めつけている仁子の様子に、羽理は何となく意地になってしまう。
「残念ながら出来合い品じゃないから! そう言うの、分かんないし多分そんなには持たないと思う!」
言って、どこか得意げに若松菱模様の風呂敷に包まれた弁当を鞄から取り出したのだけれど。
「やけに渋い包みね!?」
朝、羽理自身が華麗にスルーした部分を、仁子が的確に拾い上げてきたから。
羽理は、不合理にも(裸男め!)とたまたま通りかかった屋久蓑大葉をキッと睨み付けたのだった。
***
昼休憩の合図音が鳴ったと同時。
屋久蓑大葉は(荒木のやつ、俺が作った弁当食ってるかな?)とソワソワし始めて。
(ちょっと覗くだけだ……)
そう心の中で誰にともなく言い訳をして、部長室から何気ない風を装って財務経理課のフロアへ出たと同時――。
羽理が同僚の法忍仁子を相手に、大葉が作った弁当を披露している真っ最中のところへ出くわした。
その様に何となく(法忍よ、それ、俺が荒木に作ってやったんだぞ)とか、(やっぱり荒木にはもっと可愛い包みの方が似合うな)とか忙しなく思っていたら、「デキアイヒンじゃないから」云々と断言する羽理の言葉が耳に飛び込んできて。
心の中で思わず、(バカ! どう見ても溺愛品だろ! 俺の愛が分からないのか!)とツッコミを入れてしまった。
それと同時、法忍仁子が「やけに渋い包みね!?」と指摘して。
こちらへ気付いたらしい羽理からキッと睨まれてしまう。
「なっ」
――何故そこで俺を睨む!
(そもそも、お前、今朝弁当渡した時は包みのことなんざ、全然気にしてなかっただろ!)
俺の愛を反故にするような発言をした上、何て理不尽な女なんだ!と思ってしまった大葉だ。
と、そこでのほほんとした春風みたいな雰囲気をわざとらしく身に纏った倍相岳斗がひらりと二人に近付いてきて。
「あれぇ? ひょっとして荒木さん、今日は手作り弁当? ランチをおごろうと思ってたのに残念」
瞳を目一杯見開いた倍相の様子から、言外に『珍し過ぎない!?』と付け加えられているのを感じた大葉は、(ま、それ。そいつが作ったんじゃねぇしな。荒木を昼に誘えなくて遺憾だったな、倍相岳斗!)なんて思いつつ。
何となく倍相課長に一歩リードした気がして心の中、(今朝の俺、グッジョブ!)と胸を張りたくなった。
「すみません、課長。また誘ってください」
羽理からの社交辞令に、倍相が「もちろん」と答えるのを聞きながらつい対抗心。
「いや、荒木はこれからもずっと手作り弁当持参するから無理だろ」
なんてつぶやいてしまって。
「えっ!?」
三人から一斉に注目を浴びてしまった。
「何で屋久蓑部長がそんなこと言うんですか!」
羽理にプンスカされた大葉は、思わず苦しまぎれ。
「せ、せっかく弁当箱とか用意したのに作らないとかもったいないだろ!……って思った、だけ……だ。ふ、深い意味は……ない」
と、机上にポツンと置かれたモスグリーンの包みを指さして、しどろもどろ。どうにかこうにかそう思った理由を述べたのだけれど。
「えー。羽理、わざわざお弁当箱、買ったの?」
法忍がそこへ食いついてくれてホッとする。
「か、買ったわけじゃ……」
自分が作ったわけでも弁当箱を用意したわけでもない羽理がオロオロするのを見て、(それは忘年会のビンゴ大会の景品だぞ、荒木)とふふん、としたと同時、『あ!』と思った大葉だ。
そう、あれは会社の行事ごとで大葉が手に入れた品だ。
鈍そうな女子社員二人はともかくとして、一見のほほんとして見えるがその実やり手な倍相岳斗は勘付くかも知れない。
それに――。
「もぉ、煮え切らないわね! どんなお弁当箱なのか見せてみなさいよ!」
法忍が羽理を急かして皆の前で包みを解かせてしまったからたまらない。
(マズイ……)
包みの下から姿を現したのは白木の曲げわっぱで。
「えっ!? 何で!?」
仲の良い同僚のことを知悉している法忍が、それを見て驚いたのも無理はない。
「ちょっと羽理! あんた、いつから犬派に転身したの!」
白木のふた部分。
大葉が、風呂敷と箸が可愛くない分、少しでも女子っぽく見えるように……と思って貼った、ミニチュアダックスの愛らしい防水ステッカーが鎮座ましましていたからだ。
(ウリちゃんイメージのステッカーだぞ? 可愛いだろう!)
と言うのはもちろん建前。
ニブチンの羽理に、食べる直前。少しでもいいから自分が作った弁当なのだと意識して欲しかっただけ。
そう。
言うなれば、大葉が己の存在感を主張してみただけのステッカーに他ならなかった。