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白山小梅
12
#借金
1,754
土曜日の午前。午後からの遅番の仕事だった春香は、あの日以来、久しぶりに博之の家族が経営をしているというカフェにやってきた。
店に着くなり、以前と同じように店員に声をかけてカウンター席に案内してもらうと、仲睦まじく会話をしている椿と博之を見つける。
しかしそこへ向かう前に、最初に瑠維が座っていた席が気になってしまう。今は空席だが、春香の頭にはあの日の瑠維の後ろ姿が蘇ってきた。
「あっ、春香ちゃん!」
椿の声がして、春香はハッと我に返る。そして手を挙げながら椿の隣に座った。
「二人とも、今日は時間を作ってくれてありがとう。デートとかじゃなかった?」
春香は二人に向かって頭を下げる。話したいことがあるからと、二人に時間を作ってもらったのだ。
「ううん、大丈夫。どうなったのかずっと気になっていたから、逆に呼んでもらえて良かったよ」
「そうそう。二人とも全然報告してくれないからさ」
博之が言う"二人"とは、春香と瑠維を指していることはすぐに理解出来た。
「あはは、ごめんなさい。とりあえずあの男は捕まったから今は安心してる。二人には本当に感謝してるーーその、瑠維くんと再会させてくれてありがとう」
「ということは?」
興味津々な様子で二人がニヤニヤ笑っているので、春香は頬を赤く染めて俯きがちに口を開く。
「うん、付き合うことになりました」
それを聞いた椿と博之はテーブルに突っ伏して身悶えている。それを見た春香も恥ずかしくて顔を両手で覆った。
「あの男が家に侵入したって聞いた時は、本当に怖くて、すごく心配したんだよ。でもそれを助けてくれたのが君島くんで、彼の部屋にいるって聞いたから、どういう感情でいたらいいのかわからなかったんだから」
顔を上げた椿は眉間に皺を寄せながらも、安堵の表情を浮かべていた。町村に追われ始めてからずっと相談に乗ってくれていたのは椿だったのだから、それは当たり前のことかもしれない。
「椿ちゃん、今まで本当にいろいろありがとう。椿ちゃんがいなかったら、きっと一人で抱え込んで、最悪な展開になっていたかもしれない。感謝してもしきれないよ」
「春香ちゃん……うんうん、本当に良かった……」
二人は手を取り合い、抱きしめ合う。その様子を見ながら、博之は二人の前に淹れたばかりの温かいお茶と、抹茶プリンを使ったプリンアラモードを置いた。
「うわぁ、美味しそう!」
「これは俺からのお祝い」
「食べていいの?」
「どうぞ」
「ありがとう!」
一口含んだ春香と椿は顔を見合わせると、あまりの美味しさに思わず手を合わせた。
「あぁ、瑠維くんにも食べさせたかったなぁ」
「そっか。甘党って言ってたもんね」
「うん、スイーツのお店は私より知ってるかも」
「そういえば瑠維は? 一緒に来るかと思ってたのに」
他愛もない話をしていると、博之が不思議そうに口を挟む。
「今日は次の書籍の校正作業? の締め切りなんだって。私のことでいろいろあったし、ちょっと作業が遅れてるみたい」
「なるほど。でもストーカーが捕まって良かったよ。瑠維を護衛につけて正解だったな」
「うん、本当に瑠維くんがいてくれて良かった。今こうして普通の生活が送れているのは彼のおかげだからーーただまだちゃんと解決したわけじゃなくて、もしかしたら示談になる可能性もあるから……」
"示談"という言葉を聞いた博之の顔色が変わる。この瞬間を待っていた春香は、一度スプーンを置いて博之の顔を見上げた。
「やっぱりヒロくんは、瑠維くんの事件を知っているんだね?」
博之は驚いたように目を見開くと、困ったように頭を掻きながら下を向く。
「瑠維から聞いた?」
春香は首を横に振った。
「鮎川さんっていう、瑠維くんの担当の方から聞いたの。その……瑠維くんはきっと自分から話さないだろうからって」
「あぁ、鮎川さんは初夏に並々ならぬ思い入れがあるみたいだったからなぁ。二人が再会すべきだと熱く語ってたよ。そのたびに瑠維に『有り得ません』って何度も言われてた」
博之はそう言いながらクスクス笑うと、納得したように頷いた。
「そうか。初夏のモデルが佐倉だって知って、瑠維の全てを受け止めて欲しいって思ったのかもな」
「うん、そう言ってた。でも今は私自身がそう思ってる。瑠維くんは話してくれないかもしれないけど、だからといって知らないままではいたくなくてーー。今日もね、瑠維くんのことが聞きたくて、最初から一人で来るつもりでいたんだ」
春香の真剣な表情を見て、博之は観念したように息を吐く。
「……わかったよ。どこまで聞いたの?」
「大体のことは聞いたの……瑠維くんがどれほど苦しんだのか、私には想像しか出来ないんだけど……ただ瑠維くんがどうやって立ち直ったのか、誰が手を差し伸べたのかを知りたくてーー」
その時、春香と博之の空気感を察知した椿は席を立ち、
「私、向こうにいるね」
と言うと、お茶とプリンアラモードのお皿を手に持って、カウンターの一番端の席に移動する。
「ありがとう、椿ちゃん」
「ううん、気にしないで」
あの席は瑠維が座っていた場所。きっと話は聞こえてしまうだろう。でも椿はそれを吹聴したりする人間でないことはわかっていた。
春香と椿はお互いに頷き合うと、博之の方に向き直った。