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「あ、けい子さん……!
私も今日は夕食はいらないの」
気をとられて、危うく言い忘れるところだった。
慌てて口を挟めば、けい子さんは不思議そうにこちらを見た。
「あら澪も? どこか出かけるの?」
「あ、えっと……。
杏と久々にご飯食べようって言ってるの」
それは嘘だけど、正直にレイと出かけるとは言えなかった。
言えばきっとわけを聞かれるし、そうすると私はしどろもどろになってしまう。
「わかったわ。
私も今日はサークルの寄り合いがあって遅くなるのよ。
たぶん11時まで公民館にいるから、なにかあれば連絡してね。
女の子だけだと物騒だし、あまり遅くならないようにね」
「はーい」
(ごめん、杏)
勝手に名前を持ち出したことを心で謝りながら、私はドキドキしつつけい子さんに笑い返した。
お昼に伯父さんが作ってくれたアジの南蛮漬けを食べた。
向いの席に座るレイは、南蛮漬けを食べながら、けい子さんに釣りに行った話をしている。
伯父さんおすすめの穴場は人がほとんどおらず、街灯もなくて海が真っ暗だったこと。
なかなか釣れなかったけど、のぼってくる朝日はとても綺麗だったこと。
レイが釣りをするなんて知らなかったし、正直意外でもあったけど、知らない彼のことが少し知れるのは嬉しかった。
けど、こうして間接的に知るんじゃなく、できれば直接私に話してほしい。
そんなふうに思う私は、へんな欲が出てきたみたいだ。
佐藤くんを好きだった時は、眺めてるだけで幸せだったけど、レイへの恋心はそれだけじゃ足りないらしい。
洗い物を終えて部屋に戻ろうとすると、玄関の戸が閉まる音がした。
けい子さんはリビングでテレビを見ているし、出ていったのはレイだろう。
時刻は午後1時。
部屋に戻った私は、出かける時間まで勉強しようと机に向かった。
TOEICの問題集は、拓海くんが大阪に戻ってしまってからあまり進んでいない。
これじゃまずいと問題を解きだして2時間後。
疲れた私は、少し横になろうとベッドに転がった。
その時、ベッドに放ったままのスマホが点滅しているのに気が付く。
――――――――――――――――――
澪、私になにか言うことない??
――――――――――――――――――
杏からのメッセージを読んだ瞬間、ドキッとした。
(な、なに……)
まさか今日のこと、勝手に名前を持ち出したのがばれた?
そんなはずあるわけないけど、あまりのタイミングのよさと、スタンプなしのメッセージに動悸が治まらない。
(ええっと……)
どう返事をしようか迷う。
だけどこれは電話したほうがいい気がして、通話ボタンを押した。
「も、もしもし、杏?」
「澪、LINE見た?」
「うん、見たよ、あのね……」
「もう、なんで言ってくれなかったの……!
私ちょっと怒ってるんだからねっ」
電話口でむくれた声を出す杏に、私は咄嗟に謝った。
「ご、ごめん。
勝手に名前持ち出してごめんね」
「え?」
「え……?」
お互いが同時に驚き、一瞬の間があいた。
「澪、なんのこと言ってるの?」
「今日、私杏と出かけるってけい子さんに嘘ついたから……それで……」
「はー!? なにそれ、違うよ!
タカちゃんに聞いたよ!
私と毎年行ってた花火大会、レイさんと行ったって!
なんで言ってくれなかったの!」
「……あっ、そっち……?」
構えていたのと全然違う話に、気が抜ける。
「あっ、そっち? じゃないよ!
聞いてビックリしたじゃん!
なんで言ってくれなかったのっ」
「ごめんごめん……!
杏が予備校が忙しいって知ってたのと、杏には佐藤くんがいるから、もし行けるとしても遠慮しなきゃって思って、それで……」
「だから、澪!
花火に誘われなかったことを言ってるんじゃないって!
レイさんとの仲が進展したこと、どうして言ってくれなかったの!
私だって気になってたんだからね…!」
忙しいとわかってても花火に誘うべきだったな。
そう反省しかけていたけど、杏が気にしているのはそこじゃなかった。
言われてやっと納得する。
たしかにそうだ。
杏の立場なら、私が佐藤くんのことを「もう平気」なのか知りたいはずだし、タカちゃんの話を聞けば気になって当然だ。
「あのね、花火のことはタカちゃんたちの誤解なんだ。
あの日、レイとふたりだったわけじゃなくて、イトコの拓海くんも一緒でね。タカちゃんに会った時は、たまたまレイとふたりだったから勘違いされただけなの」
「えっ……。
拓海って、あの大阪の大学に行った、イトコのお兄ちゃん?」
「そう、その人だよ。
夏休みでちょうど帰省しててね。
杏とあの花火行くようになるまでは、ずっと一緒に行ってたから、久しぶりに行こうって話になったの」
「そうだったんだぁ……。
けどさ、なんでレイさんと3人?
レイさんって拓海さんの友達だったの?」
「っていうわけじゃないんだけど、流れでそうなって……」
「あぁそう、もうひとつ聞いたの!
レイさんが夏休み前に授業に来た日!
あの日、中庭で澪たちキスしてたって聞いたんだけど……!!
澪がレイさんと付き合ってるって、1年の子に言ったんでしょう!?」
「そ、それは……!」
思いがけない話題に体が一気に熱くなった。
そっちのほうはあながち嘘でもないだけに、追及されると言い訳に困る。
「そ、それにはいろいろと事情が……」
「……って、ここまで言っといてなんだけど、澪が話したくないっていうならここでストップするよ?
無理やり聞きたいとは思ってないし、言いたくないことだってあるってわかってるよ。
だけどさ、話せるようになったら話してほしいって思ってるのは本当だからねっ」
強気な口調とは裏腹に、杏の声はどこか寂しそうに響いた。