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「つっかれた~」
私は聖女殿の私室のベッドにダイブすると、そのまま枕に顔を埋めた。
最近は色々ありすぎて精神的にも肉体的にも疲労困ぱいである。
聖女殿に戻ってすぐに湯浴みをして、髪を乾かす気力もなく、着替えだけ済ませると、すぐさまベッドへと飛び込んだ。メイド達は綺麗な髪が傷んでしまいますだの、湯冷めしてしまいますだの言っていたが私はそれよりも早く寝たいと言う気持ちが強く、ベッドの上で小さく丸まっていた。
そして、私が目を閉じてから数分後、コンコンと扉をノックする音が聞こえた。
私はそう思いつつも、もう眠くて起き上がるのも面倒くさかったため、無視を決め込む。時間をおいて何回かノックをされたため、私はリュシオルに誰か確認してきてと言って、再び枕に顔を埋めた。
リュシオルは少し心配そうな顔をしつつも、誰が来たのか確認しに部屋を出ていった。
それから数秒だろうか数分だろうか、ようやく私の部屋の扉が開かれた。
しかし、入ってきたのはリュシオルではなく、グランツだった。
私は一瞬誰かわからなかったため、寝たふりをしていたものの、エトワール様と、男性の声でそれも聞き慣れた声で名前を呼ばれ身体をバッと起こした。
「ぐ、グランツ!?」
と、声の主を確認すると、そこには汚れた訓練着を身に纏ったグランツがいた。
鍛錬の後に私の部屋にでも寄ったのかと驚きつつ、一体どうしたのかと尋ねると、彼は早々に「迷惑でしたか」と口を開いた。
「ううん、吃驚しただけ。それで、どうしたの? こんな時間に」
そう私が尋ねると、グランツは申し訳なさそうな表情を浮かべ、言葉を詰まらせた。
私は、彼が言葉を発するまでじっと待っていれば、彼は観念したかのように口を開く。
「二日間顔を見ていなかったので……それと、明日から俺はまた忙しくなるのでエトワール様に会えなくて」
「え、えっとそれは、つまり……私の顔を見に来たってこと? 寂しかったから、会いたかったってこと?」
自分で言っていても何だか誇張しすぎている気がしたが、私は敢えてそんなことを口にすると、彼は頬を赤く染めて恥ずかしげに視線を逸らしてしまった。見間違いでなければ。
私はその仕草を見て可愛らしいと思ってしまうと同時に、彼の素直さに胸がきゅんとした。
そういえば、最近彼には全然構っていなかったとか存在すら忘れていたとか……思い出すと、急に罪悪感が襲ってくる。でも、星流祭の事で彼も忙しかったしお互い仕方がなかったのだと私は言い聞かせて、慌ててベッドから降りると、未だに目を合わせようとしない彼に向かって手を差し出した。
その行動の意図が分からなかったのか、グランツは不思議そうな表情をしながら恐る恐る私の手を取った。
「……寂しい、ですか」
と、グランツは私の質問に対しそう言葉を口にした。
自分が寂しかったのかすら彼には分からないようで、首を傾げるが、私の手を自分の頬まで持ってくると再び口を開いた。
「寂しかったです」
そう口にしたグランツは翡翠の瞳を私に向け、何かを訴えかけるようなご褒美をくれとでも言うよな子供の……子犬のような目をしていた。
そういえば、グランツは出会った当初のイメージと大分変わったなあと私は思いながらもう片方の手で彼の頭を撫でてあげた。これでは完全に子供扱いなのだが、グランツは少し嬉しそうに口角を上げていた。あまり感情が表に出ないタイプである為やはり珍しく思う。
(エトワールストーリーだから、彼の性格にも少し変化があるのかな……)
そう思いつつ、たった二日会っていないだけじゃないかといまさらながらに思ってしまった。
まあ、護衛騎士だし常に隣にいるのが当たり前とでも思っているのだろうか。それはそれでも良いんだが。
そんなことを考えていると、あのウィンドウが急に私の前に現われ【グランツと星流祭をまわりますか?】と表示された。私はその文字を見た瞬間、思わず顔を引きつらせてしまった。
(こっ、ここでも出るの!?)
私はウィンドウを二度見し、それからグランツの方を見た。彼には勿論ウィンドウは見えないわけだし、私がどういう状況に置かれているのかも分かっていない。
しかし、私は何故か嫌な予感しかせず、どうしようかと考える。
そもそもグランツの好感度が他のキャラより上がっているのも謎だ。リュシオルは上がりやすいと言っていたけど……いや、それよりも何故このタイミングでこんなものが表示されるのか。
(えっと、取りあえずグランツも保留……)
私は、ウィンドウを消しふうと胸をなで下ろす。
慎重に行かなきゃいけない。
「エトワール様どうしたんですか?」
「ううん、何でもない」
「…………」
グランツは私の顔を覗き込むと、心配そうな表情を浮かべた。私はそれに笑顔を返すと、彼は安心したのか、ほっと息を吐く。
しかし、彼はすぐに眉間にシワを寄せると、うなだれた。
「ど、どうしたの!? 私、なんか変なこと言った!?」
「いえ……エトワール様が、魔物に襲われたと聞いて、護衛騎士となり、会議に出ていたとはいえ貴方を守れなかった自分が不甲斐なくて」
「え……あぁ」
私は、彼が何に対して落ち込んでいるのか理解すると、ポンッと彼の肩に手を置いた。
そして、彼の目を真っ直ぐに見つめて口を開く。
グランツは少し驚いた様子だったが、私は気にせずに言葉を続けた。
「気にしなくていいと……思う。だって、グランツはグランツのすべき事をしていたわけだし、私もあんな事になるとは思っていなかったけど無事解決できたし……それじゃダメ?」
そう言って、私はグランツの頬に手を添える。
彼は、私の手の上に自分の手を重ねると、小さく笑みをこぼした。
それはまるで花のように可憐で、私は一瞬見惚れてしまう。
そして、彼は私の手に唇を落とすと、ゆっくりと手を離した。それから、私をじっと見据え口を開いた。
「護衛の分際でこのようなことを申し上げるのは大変失礼だと承知しておりますが……エトワール様は星流祭を誰とまわる予定なのでしょうか?」
「んな!?」
突然の質問に、私は驚き声を上げた。まさかここで聞かれるとは思わなかったからだ。
しかも、今の流れで。私は頭の中で考える。
(どうしよう……一応、グランツも視野に入れていますっていった方が、彼の好感度も上がるかな……いやいや、好感度を上げたいわけじゃないし、下手なこと言って変な期待持たせるのもあれだし、ここは……)
私は、一度深呼吸をする。
ここは、質問を質問で返そう。
「グランツは誰かとまわる予定でもあるの?」
「……いえ、ないです。ただ、エトワール様が星流祭のジンクスを信じているのなら……俺とまわるのはあれかと思い」
と、グランツは口ごもる。
星流祭のジンクスというと、あの最後まで一緒にいた人と結ばれる云々のことだろう。
乙女ゲームの定番中の定番ネタとも言える。
多分グランツが言いたいのは、護衛でずっと一緒にいることになるがいいのだろうか。と言うことだろう。
確かに彼の役目は私を守ることかも知れない。ただ、護衛であれど男女……それもそういう願いが叶う祭りみたいな、乙女ゲームで用意されたラブラブイベントで、男女二人というのはもはや攻略キャラが定まるようなもの。
「……俺の役目は、エトワール様を守ることですが」
「うううううん、言いたいことは分かるよ、分かるんだけどね」
私は、彼の言葉を遮るように首を横に振った。
グランツは私の護衛騎士。護衛騎士であり、攻略キャラ。
そこで、私はこう考えた。
グランツが攻略しやすいというのは、常に近くにいるからでは無いだろうか?と。
護衛騎士なら常に側にいるわけだし、星流祭という大きなイベントでも自然と一緒にいることが出来る。
エトワールストーリーで、最も攻略しやすく安全なキャラと言えよう。
しかし、私の中でのグランツは恋愛対象としてはまだ見えていない。勿論どのキャラもだ。だから、ここで安易に一緒にまわりたいとも言えないし、ついてこないでとも言えない。
非常に断りづらく、且つ、グランツルートをこのゲームは進めてきていると言うことになる。
もし、彼のルートをばっさり切るとするなら、グランツのメインイベントをあの時点で回避しなければならなかった。
「……ええっと、グランツはつまり、一緒にまわりたいって事?」
こんがらがる頭で出てきたのはそんな阿呆な言葉だった。
(何言ってるの私!? これじゃあ、自惚れているみたいになるじゃないっ!)
内心慌てふためく私だが、グランツは特に気にした様子もなく口を開く。
「俺はエトワール様の命令に従うだけです」
と、淡々と答えるグランツ。
ああ、そうか。彼はあくまでも仕事と割り切っているのか。
私は少しだけ安心する。
でも、彼の好感度は59である以上、これは好意とも恋幕とも取れる。いや、彼の場合忠誠心と敬愛……
どちらにせよ、彼が私に好意やその他恋愛に関わる事を言動にしない以上、私は安全である。多分。
「そ、そうだよね。変なこと聞いてごめんね!」
「いえ……一緒にまわりたいといったら、貴方を困らせてしまうでしょうから」
「え? 何て言ったの?」
「何でもありません。確認が取れましたので、俺は帰ります。夜遅くにすみませんでした」
グランツはそう言うと、静かに部屋を出ていこうとする。それでも、最後彼が何て言ったのか気になって私はグランツを引き止めてしまう。
「ねえ、本当は何て言ったの?」
「エトワール様は気にしなくて良いです。関係無いことですから」
グランツは振り返ると、私の顔を見て苦笑してみせた。
関係ない……といったけど、彼の顔と言葉からは全くそんな気は感じられなかった。だが、グランツは再び頭を下げそそくさと部屋を出て行ってしまった。
私は、彼のいなくなり静寂が戻った部屋でベッドに倒れ込み星流祭の事について改めて真剣に考えることにした。
これは、一大イベントだ。
そして、誰か一人と絶対一緒にまわらないといけない。
「待って、コミュ障二次元オタクにどうしろと!?」
私の声は誰もいない部屋にこだまする。
天馬巡こと現エトワール・ヴィアラッテアは今世紀最大のピンチを迎えることになるのであった。