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「お! まだあるんだな、旧校舎」
卒業した仁宇《にくま》高校に臨時清掃員として足を踏み入れた綾人《あやと》は、自分が通っていた頃より若干古びた印象を受ける旧校舎を見上げた。
何かしらの理由があって取り壊しはできないので、綾人が在校生だった時分から定期的にメンテナンスを繰り返している。
綾人が派遣会社から、面白い依頼があるからどうだ? と打診を受けたときも、ちょうどメンテナンスの時期だったらしい。
普段は決まった清掃員を雇っているとのこと。
ちなみに社長が面白い依頼だと判断したのは、備考欄に卒業生には一%給与増額しますと書かれてあったからだそうだ。
なるほど、珍しい。
卒業生から母校への寄附が多いと、親友であり元同僚が言っていたので、その辺りが関係しているのだろう。
親友も何度か寄附をしたとも言っていたし。
「今の俺には寄附する余裕はねぇからなぁ……」
逆光の眩しさの中で浮かび上がる旧校舎を、目を細めて見ながら、通っていた頃に思いを馳せる。
あの頃は良かった。
父が存命で、母は宗教に狂っていなくて、妹はホストに溺れてなくて、弟はギャンブルに嵌まって借金地獄に陥っていなかったのだから。
綾人が親友と同じ会社に入ってすぐ、妹がホストに入れ込むようになった。
そんな妹と父が大げんかをした結果、父が死んだ。
妹が殺したわけではない。
ただ妹を食い物にしていたホストの背後に、やばい人物がいたようだ。
警察の捜査もいい加減だった。
妹はそれ以降行方不明だ。
父がいなくなって箍が外れてしまった弟も、ギャンブルに嵌まった。
ビギナーズラックで勝てていた時期には、母孝行などもしていたようだ。
だが弟にギャンブラーとしての才能はなかった。
すぐ母に集るようになってしまったのだ。
その結果、母は宗教施設へ一人その身を投じた。
大人が自分の意思で入っているのだからと、無理矢理連れ出すことはできないようで、あまり良い話を聞かないその宗教から、母を取り戻すことはできなかった。
もっと母の心に寄り添えば良かったと、深い後悔を覚えたが、全ては手遅れだったのだ。
母に集まれなくなった弟が選んだ次のターゲットは、綾人だった。
自宅に押し掛けられ居座るので、さくっと引っ越しをした。
引っ越し先には押し掛けられなかったが、会社に押し掛けられた。
何度も。
最初は同情されていたが、次第に綾人自身も弟と同じ性根なんじゃぁ? と 噂が立つようになってしまったのだ。
親友は必死に庇ってくれたが、今度は親友までもが巻き込まれてしまうと危惧して会社を辞めた。
最後まで綾人の味方であり続けた親友を護りたかった。
会社を辞めた綾人を心配した親友に、身内に誰か頼れる方はいないのか?
と問われて。
あ、家族以外にもいるじゃん、身内。
と気づく。
父方の親戚は成功している人物が多いのを思い出して、菓子折り持って足を運んでみれば。
父の兄が、新しい仕事を手配してくれて。
父の姉が、弟の後始末をしてくれた。
借金を一本化して、かわりに支払って、外国へ出稼ぎに送り込んだそうだ。
外国語など使えず、自分より強い者には逆らえない弟は逃げ出せないだろう。
父姉曰く、頑張って十年。
今の性根じゃ三十年は帰国できないわねと、真紅の口紅で艶やかな唇をきゅっと持ち上げて嗤った。
父兄の紹介してくれた清掃会社はホワイト会社で、父兄に大恩があると言って何かと綾人を甘やかしてくれた。
給与は高くなかったが、仕事は選べたし、休みも取りやすい利点が特に有り難い。
三年ほど務めた頃。
距離を取っていた親友が足繁く綾人を訪ねるようになった。
出世をして人事に口利きができるようになったから、会社に戻ってこないか? という打診をしてくれたのだ。
本当に面倒見がいい。
昔からそうだ。
ピンチに駆けつけるヒーローのような存在だと思っているのは綾人だけでもないだろう。
特に助けてもらった女性はこぞって親友の彼女や妻になりたがる。
だが不思議と親友に女の影はなかった。
男同士の付き合いが気楽なのだと苦笑していたので、モテる男の悩みがあったに違いない。
今の会社でゆるゆると過ごすのに慣れてしまったが、親友がそこまで誘ってくれるとなると、申し訳なくなってくる。
仕事自体はやりがいがあったし、給与も良い。
何より親友がいるのだ。
弟と綾人を同一視した奴らのほとんどは退職しているから、その辺りも気にしなくていいと思うぞ? という後押しを聞けば、かなり心が揺れてしまう。
「さて、どうするかねぇ……」
125
頭を振りながら、掃除用具の入ったカートを引き摺って旧校舎へ足を踏み入れる。
指定された場所の掃除をするようにとの指示で、場所を記した簡単な校内見取り図を渡されていた。
「一番近いのは……理科室か。懐かしいなぁ……」
高校時代、綾人は科学部に所属していた。
担当教師が科学を食に生かす! というモットーを持っていたので、一般的な科学部の実験とは違うものが多かったかもしれない。
何時でも腹を空かせた高校生だったので、部活動中は楽しかった。
ワインの蒸留実験のときは、担当教師が使うワインの半分以上をこっそり飲んでしまい抗議したものだ。
「うぇあ?」
懐かしい思い出に浸りながら掃除用具の準備を終えて顔を上げれば、そこには驚きべき光景が広がっていた。
机の上にそれぞれ箱が乗っていたのだ。
そんな目立つ物を見落とすはずがない。
先ほどまではなかった。
疲れているのかと目を擦る。
相変わらず箱は鎮座したままだ。
「箱にまつわる七不思議とかあったかなぁ?」
オカルトな展開で、舞台が学校となれば七不思議だろうと、仁宇高校七不思議を思い出す。
綾人が在校中の七不思議は以下の通り。
生徒会室。
仕事を押しつけられて自殺をした企画部の女子生徒がくるっと振り返り、絶叫を上げる。
顔の半分以上が口で不気味らしい。
理科室。
成功するまで実験を繰り返す、失敗した実験で死亡した男子生徒。
時々爆発したり、爆発に巻き込まれて無関係の生徒が怪我をしたり死んだりするという話。
美術室。
飾られた花畑の絵画は異世界へ通じており、決まった時間にのみ道が開けるとのこと。
時間に関しては零時ジャストが最有力。
音楽室。
存在しないハープを弾きながら歌う美女が現れる。
最初から最後まで聞けば何かしらの良いことがあるが、そうでない場合は不幸が訪れてしまう。
職員室。
にこにこと笑う老年の男性教諭に手招きされて近寄ると、テストの採点を強要される模様。
かなり大量だが丁寧な仕事をすると美味しい飴がもらえる。
いい加減な仕事をすると殺されるか、男子教諭の中身とすり替わってしまう。
放送室。
無人にもかかわらず放送が始まる。
放送は不気味な音楽が流れる中、恐ろしい予知が延々と続く。
大きな震災前には必ず予知がされるのだとか……。
トイレ。
花子さんならぬ太朗君が出る。
女子トイレには出ない。
サッカーをやろう! というと喜ぶらしい。
こっくりさんをやろう! というと怒られるらしい。
「んー。七不思議じゃなかったか。あ! 箱っていえば、アネモネか!」
しかし箱にアネモネだとしたら、恋愛絡みの噂だったはず。
綾人に彼女はいない。
生まれてこの方いない。
告白をしたことも、されたこともあるのだけれど、付き合うにはいたらないのだ。
ごめんなさい! と断られるならいい。
告白してきた次の日に突然の転校とか、漫画みたいだろう?
しかも一言も残してくれないときたら、自分の対応が悪かったのかと悩みもしたものだ。
「そういえば、あいつは探しに行ったって言っていた気がする」
そう、モテすぎて悩んだ親友は高校生のときに、噂に縋った。
そして。
「箱の中には青いアネモネが入っていたとか、言っていた、ような?」
見えない何かに背中を押されるようにして、一番近くにあった箱を開ける。
携帯サイズの小さな箱だった。
「……お揃い、なのか?」
箱の中には瑞々しい切り花が入っていた。
青いアネモネだった。
「花言葉は……」
知らない。
知るはずもない。
だが、頭に浮かんだ。
「固い誓い?」
口にして、親友がそう言っていた記憶が思い起こされた。
「恋愛は関係ないよな? 関係なくても……これは、うん。元の会社に戻れってことだな」
親友はモテすぎて、綾人はモテなすぎて。
固く誓ったのだ。
この理科室で。
自分たちの関係は永遠だと。
「恋愛じゃないと思うぞ?」
親友も綾人も性癖は真っ当だ。
だが恋愛以上の関係なのだと思えば、アネモネが出現したのも必然だったのかもしれない。
綾人はアネモネを箱の中にしまい込んでから、カートに置く。
覚悟を決めたならやることは一つだ。
久しぶりに鼻歌交じりに掃除を始めた。
青いアネモネ 固い誓い
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