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そうこうしている間に、ラーメン屋の兄ちゃん、所謂(いわゆる)テンポスタッフゥ~、が大食い大会の終りを告げたのであった。
「はぁーい! そこまででーす! お疲れ様でございましたぁ! エットォ…… し、真なる聖女様が九十八杯完食でぇ、二位の満腹ウォーリアー様が五十二杯でしたぁ! お二人とも当店のレコードを更新されましたが、圧倒的大差で…… 真なる聖女、こと、サトウコユキ様っ! 新王者、いいえっ! 大食い女王、クイーンの誕生の瞬間でございまっすぅ! 皆さま! 大きな拍手でクイーンをご祝福くださいませぇっっぇ!!!!」
ウ、ウオオオオオォォォォォォッッ! バチバチバチバチバチバチチチッチィィィッッッ!!
「おめでとうコユキさん、凄かったよ~、僕感動しちゃったよぉ!」
駆け寄ってきた男を一瞥(いちべつ)したコユキは返事を返さないままで、店員の兄ちゃんから優勝賞金の封筒を受け取り、中の三十万円から万札三枚を抜き取って男に渡しながら言う。
「はい、これ返すわね! 立て替えてくれて助かったわん、ありがと」
「えっ? 返すって、良いよそんなの! 僕とコユキさんの仲じゃないの」
コユキは思った。
「三万もの大金をそんなの、だと? こちとら無給で悪魔と戦わされているってーのに随分余裕じゃないの? ああ、確かこないだのお食事会(お見合い)で会社をやってるとか何とか言ってたわね…… 成金かな? いやねぇ~、にしても僕僕って子供じゃないんだからさ~、趣味は何だっけか? う~んと…… 確か体を鍛える事、だったわね、なんか爽やか過ぎて逆に気持ちが悪いわね! 心に闇を持ってない男なんて魅力ゼロよゼロ! んまあ、善悪みたいな男が少ないのは分かっているんだけどねぇ、はぁ~この男は無いわぁ~、やっぱり一緒に戦ってくれる男じゃなきゃダメねダメ、こいつは論外ね、はいっ、ダメ~! ん、なに泣いてんのよキモイわー、死ねばいいのに、善悪の方が全然いいわぁ!」
うっかり声に出してしまっていたコユキの手から三万円を受け取ると、お見合相手だった男性は涙を拭って言った。
「ハッキリ言ってくれてありがとうね、コユキさん…… もう連絡もしませんから…… 善悪さんとやらとお幸せに、さようなら」
「へ?」
キョトンとした表情を浮かべるコユキを振り返りもせず、男性は人混みを掻き分ける様にして店を出て行くのであった。
――――なんでアタシの考えている事が分かったのかな? 読心術とかそーいうスキルだったのかしらん?
今度はちゃんと心の中で思っていると、今しがた掻き分けられた見物客の中に生じた細い通路から、慌てたような声が響いた。
「あ、兄貴ぃ! 満腹の兄貴! た、大変だぁー!」
「むっ?」
「っ! 腹ペコソルジャーじゃないか! 一体、どうしたって言うんだ、何が大変なんだ?」
通路を駆け込んで来た男は満腹ウォーリアーの知り合いだったらしい。
コユキが見つめる中で舎弟(しゃてい)っぽい男、腹ペコソルジャーが兄貴分の満腹ウォーリアーにご注進だ。
「え、駅前のピザ屋、味より量、ジャンボピザの『大味(おおあじ)』で兄貴が出した大食い記録が、や、破られそうになっているんですよ!」
「な、なんだとぉ! くっ、こうしちゃいられんっ! 女王、いいやクイーンだったな、俺は急用が出来た、悪いがお先にドロンさせて貰うぜ!」
コユキは満腹ウォーリアーの前に立ち塞がって言った。
「行く気なの? アンタ満腹じゃないのん、行ってもやられるだけよ…… 悪い事は言わないわ、止めときなさい」
満腹ウォーリアーはニヤリと悪そうな笑みを浮かべて答える。
「それでも行かなけりゃ通り名が泣くってもんだぜ、負けると分かっていても戦わなければいけない時があるんだよ、男にはな」
腹部、少し胃下垂気味の左側辺りをパンパンにしながら真っ直ぐな目を向けてはにかんで見せた満腹ウォーリアーに対して、コユキはそれ以上引き留める言葉を発する事が出来ないでいた。
ややあって道を開けたコユキは、先程迄ラーメンを食べる為に自分が使っていた割り箸を、満腹ウォーリアーに差し出して言ったのである。
精霊女王が勇者に聖剣を授けるかの様に……
「満腹ウォーリアーよ、これをお持ちなさい、アナタの健闘を祈っていますよ」
「っ! ははは、これは心強いや! ありがとな、行ってくるぜ! 遅れるなよ、腹ペコソルジャー!」
ダッ! スタコラ~
「あ、兄貴待ってくださいよぉ~」
コユキの使用済み割りばし(不潔)を受け取った満腹ウォーリアーは勢い良くラーメン屋を飛び出して行き、その背を追い掛けて腹ペコソルジャーも走り去って行ったのである。