呼び鈴が鳴った。エリが来たみたいだ。
私はインターフォンに出る。エリを確認して解錠した。
「エリ上がってー・・・って、あれ?」
画面にはもう1人の影がある。
「ごめんアスカ、ルー君付いて来ちゃった」
「付いて来ちゃったって・・・ええ?!」
「これ本当にアスカさんが作ったの?」
ルー君がポトフを食べながら聞いてきた。
「そうだよ」
私は返事をしながら、キャベツとアサリで作ったボンゴレパスタを取り分けて行く。急に1人増えたから麺増量で少し薄味になってしまった。
「凄い美味いんでびっくりっすよ」
「ありがとう」
単純に褒めて貰えるのは嬉しい。だが、今日はエリと2人で大事な話をする筈だったのに・・・。何故、何故着いてきたんだ、ルー君よ。
「どうしてもアスカさんの手料理が食べてみたくて、無理言って来ちゃいました。でも来た甲斐あったなぁ、こっちも美味い」
ボンゴレパスタももりもりと食べてくれる。見ていて気持ちが良い。だが、だがしかし・・・。
「食べたらさっさと帰ってよねー。うちら女子会する予定だったんだから」
エリがビール片手にブーイング。
「冷たいですね。恋バナっすか?俺も混ぜて下さいよ」
ルー君がサラダを食べながら食い下がる。
「やーよ。帰って帰って」
エリはシッシッと追い払う仕草をする。
そこで、トースターが鳴った。私は焼き上がったガーリックトーストを取りに行く。その間も2人はずっと言い合いを続けていた。
「はい、どうぞ」
2人の手が伸びて来る。フワッと香るエリの香水。
私は、先程つげ君と話した内容を思い出した。
「後でエリが来るの。良かったらつげ君も来る?仲良くなれるよ」
私は、手にした荷物を示しながらつげ君にそう言った。
「あー、有り難い申し出だけど辞めとく。仲良くなりたい訳では無いんだ」
苦笑いをしながらやんわりと断ってくるつげ君。私が首を傾げるのを見ると、正面に向き直って説明してくれた。
「付き合いたいとか、そう言うのじゃ無いんだ。ただこう、見ていたい。遠くからで良いんだ。見守って、必要なら力になりたい。エリちゃんが幸せに、ずっと笑える様に」
少し遠くを見詰めながらそう言うつげ君。
「何だかそれって、芸能人を応援するみたいな感じ?」
「だから言ってるじゃん。ファンだって」
私を見てそう言った。楽しそうに笑って。
私は理解出来なかった。だってそれでは、エリが誰が他の人と恋をして結ばれてしまっても良いという事なのだろうか。触れたいとも、2人で過ごしたいとも思わなのか。抱き締めたり、キスをしたいとも・・・。
「私、エリと結構付き合い長いから、エリの色んな事知ってるけど、それを聞きたいとも思わない?」
「あー、そうね・・・楽しい事なら知りたいかな。何かで喜んでたとか?でも踏み込んだプライベートな事は知りたく無い」
「・・・ふーん」
「ちょっと呆れた?」
「ううん、呆れたりはしないけど」
「こういう変わった奴も世の中にはいるんだよ」
空を見詰めて目を細めるつげ君。彼の目には、きっとエリの姿が映っているのだろ。
つげ君は、こう言うのも酷いかと思うが『うわべ』だけのエリを見て恋をし続けて行くのだろう。決して親しくはならず、遠くから見守る恋。
本当に、それで良いのだろうか・・・。
ポエムトレゾアの香り。店長に憧れるエリ・・・。
エリは、店長に恋をしている。
出会った時からずっと、だ。勿論、店長に奥さんがいて、2人の間に子供がいる事も知っている。知った上での恋。
店長は優しい人だ。誰にでも、分け隔て無く優しい。私やエリ、ルー君のように、ある意味で道を踏み外した人間をも受け入れて、面倒を見てくれる懐の広い人。頼りになる父のような、兄のような、本物の家族以上の人。
エリは家出娘。高2の春に家を出て、以来一度も家に帰っていない。親は、捜索依頼も何も出していないらしい。どういう過去があるか、詳しくは語らないので知らないが、エリにとって、初めてまともに向き合ってくれた人が店長だと言う事だ。
出会って、心を許して、恋に落ちた。
以来、5年にも及ぶ片想い。叶わぬ恋。
そんなエリに、想いを寄せるつげ君。
「アスカ?どうかした?」
エリに声を掛けられた。
「え?ううん。別に」
「何か上の空って感じ」
「ちょっと考え事。後で話す」
「悩み事ですか?俺で良ければ・・・」
「アンタは早く食べて帰って帰って」
ルー君の言葉を遮ってエリが言った。
「エリさん、さっきからそればっか・・・。いいっすよ、帰りますよ。お邪魔しましたね」
見れば、ルー君のお皿は綺麗に空になっていた。カトラリーは揃えて皿の上に置かれている。
「ご馳走様でした」
しっかり両手を合わせて礼をする。
「アスカさん、本物に美味かったですよ」
私を見てそう言ってくれた。何だろう・・・。ずっと見ていた訳では無いけれども、凄く食べ方が綺麗。正しいマナーで、キチンとしている印象を受ける。見た目とのアンバランスさが大きな違和感を与えてきた。
言われてみれば、言葉使いもしっかりしているし、ルー君って、何者何だろう・・・。
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