「朝音先輩なんか、エッチになりました?」
「え、そうかな。あはは~」
「BLカフェってバックヤードとかで、本当にBL展開になってたりするんですか?」
「企業秘密かな」
え~気になる~、なんて、お客さんである女性達に言われ、俺は愛想笑いをするしかなかった。
ここ最近「エッチになりました?」なんて聞かれることが多くなったからだ。特別、このバイトのために何かしているわけではなかったが、まあ、思い当たるのはゆず君との事で、それで、バイト仲間にも、「そろそろ本職としてどうだ?」なんてからかわれたりもした。ゆず君の演技に触発されて、俺の演技も上手くなった? なんて、思ってしまうほどに。自惚れだって自覚はあったし、ゆず君のアレに比べれば全然足下にも及ばないんだけど。
バックヤードに戻って少し休憩がてら、ゆず君のことを思い返していた。
「連絡は……ないか」
何か、あるかなあ、なんて期待していた自分はいた。だから、何もメッセージの入っていないスマホを見ると、少しへ込んでしまう。
祈夜柚。
何処かで聞いたことある名前だなあ、と思っていたらまさかの芸能人・俳優。あざとスマイルは、その俳優業のたまもので、兎に角小悪魔と呼ばれていたらしい。トークも面白くて、抜けていて、本当に馬鹿なのか、キャラを作っているのか見分けがつかなかったらしい。その点、プライベートはシークレットで。プライベートの顔は誰も知らないのだとか。本人曰く、インドア派の人間なんです、とのこと。
分かっている情報は、子役時代から、別事務所の同期、眞白レオと肩を並べていたこと。でも、実際はゆず君の方が上で、ゆず君に感化されるようにして、そのレオ君って子が上手くなっていったという感じらしいけど。兎に角、ライバル同士、みたいな感じで売り出されていたらしく、常に主役の座を奪い合ってきたとか。あや君が言ったとおり、レオ君は努力型の天才で、顔には出ないが、裏で台本を読む熱心な姿が見られていたとか。それに対し、ゆず君は台本は演者の立ち位置の確認や、場面の移り変わりくらいしか開かず、ベテラン俳優のオーラを醸し出していたとか。ミスをしない、役を身体に降ろすようなそんな俳優だったとか。だからこそ、演じられる幅が広くて、重宝されていたとか。レオ君の方は、それが初めのうちできず、固定的な役ばかり回されていたらしい。だから、ゆず君の方が、俳優として一枚も二枚も上手だったと。
祈夜柚は天才だ、眞白レオは努力型の天才だ。
「あと、出身校が……白瑛高校白瑛コースって、エリート中のエリート」
白瑛高校と言えば、俺が住んでいる捌剣市の隣の市、双馬市の超進学校。そこの白瑛コースは、変わったコースだけど、兎に角エリートを集めた最強のクラスなのだ。そこの出身ともなれば、目立たないわけがない。
けどそんなゆず君は、高校二年生の学園祭の時に、休業発言をし、その後、CMにはちょこちょこ出ていたものの、本格的なドラマの出演は断っていたとか。
(あんなに凄いのに、どうして?)
急に休業宣言をした理由とは。
一芸があるって凄いことなのに、それを棒にふるというか、どぶに捨てるというか、勿体ないことしているなあっていうのは一般人の俺からしたら思う。
祈夜柚ってキャラが愛されていたからこそ、彼の芸能界への復帰は期待されているし……その期待や重圧に耐えられないってのもあるかも知れないけど。
(分かんないな……)
無邪気に笑うあの顔も、演技なのかも知れないって思ってしまって、俺は、ゆず君をどう見てあげれば良いのか分からなかった。こんな悩むことではないのだろうけど、俳優だって知っちゃったからには、矢っ張りそこの理由が気になってくるし。かといって、ずけずけ踏み込んで気を悪くさせたくもないし。
彼にも、彼なりの事情があるのだろう、と片付けるには、惜しい気がして。教師を目指している以上、悩んでいる子には手を差し伸べたくなってしまうのだ。それを、世間ではお人好しというのかも知れないけれど。
「はあ……」
また、呼び出しを喰らって、無茶な『お願い』をされるんだろうな、なんて考えていると、カランコロンとベルが鳴った。
ちょうど、ホールに戻る時間でもあったので、俺は、気持ちを切り替えて、立ち上がる。パシンと両頬を叩いて、立ち上がる。今は、バイトに集中だと。
ゆず君のおかげで、リアルなBLが演じられるようになったような気がするし、いつかやめる予定とは言え、それまでは、このバイトも一生懸命やろうと思った。
「こんにちは、転校生。今日は……」
マニュアル通りの挨拶をしに行けば、そこには、あの見慣れた紺色のジャージ姿の青年が立っていた。
亜麻色の髪に、宵色の瞳。間違いない。
だっさいジャージを着ているからか、そのオーラは一般人と何も大差ない。けれど、顔は、そこら辺の男子よりも可愛くて、格好良くて……
「ゆ……」
「朝音さん、きちゃった♡」
そう言って、こてんと首を傾げた小悪魔は、あざとい笑顔を俺に向けた。