麗華さんは食事のあと、またコーヒーを淹れてくれた。ここのコーヒーは美味しい。今度はブラックじゃなくてミルクを入れてあった。麗華さんはソファの俺の隣に座り詰め寄ってきた。そして石川のことを詳しく聞かせてと迫ってきた。
「うーん。まだ分からないんだって」
「でも梨田さんの情婦の可能性のほかにも何か他にあったってことでしょう?」
「それはそうだけど……」何か話して麗華さんを巻き込むのは嫌だ。今日のことだっていい気持ちはしなかった。
「碧はさ、自分でなんでもやろうとするでしょう? それは大事なことだとは思うけど、他人に頼るっていうか任せることも必要だと思うのよ」
「でも……麗華さんを巻き込むのは嫌なんだ」
「それに碧は暴走するところがあるから誰かアドバイスする人が必要だと思うのよ?」
うん。麗華さんは俺の話を聞くつもりはないらしいな。
俺は仕方なく今わかってることだけを話した。本当は〈鳴門組〉のことは話すべきじゃなかったのかもしれない。けれど〈極翠会〉のことだって知ってたんだから、もしかしたら〈鳴門組〉のことも知ってるかもしれない。それに石川のことは俺の知らない部分も知っていた。もっと他に何かあるかもしれない。
「〈鳴門組〉か。その名前なら聞いたことはあるわ。その前にちょっと連絡させて。彼女ならもしかしたら〈鳴門組〉と石川さんのことを知ってるかも」
「彼女?」
「私に連絡くれた人。あの店に来る前から石川さんを知ってたはずだから」
「もしかして働いてる女の人? 麗華さんはそういうお店の人とも知り合いなんだ?」
「そうでもないわよ、彼女は特別。彼女は私のお客さんなの」
うん? 彼女って言ったよな? 俺は首を傾げた。
「別に女性がSMクラブに来ちゃダメってことはないわよ。まあ女王様によって違うけどね。私は女性も平気」
「へえ。いろいろあるんだな」
まあね。麗華さんはそう言ってスマホを器用に動かした。すぐにメッセージがきたようだ。詳しくはあとから連絡してくれるらしい。
「──真中さんから聞いたのはあまりいい話ではないわね。そもそも敵対する同士ではあるんだろうけど、それにしても仲は悪かったわね。一度取引きを邪魔されたとかで真中さんがめちゃくちゃ機嫌が悪かった時があったわ。『〈鳴門組〉の奴らは筋を通さねえ』ってよく言ってたもの」
なるほど。だんだん読めてきたぞ。石川を殺して〈極翠会〉のせいにして、それで俺らが報復しても奴らは得をする。俺らが報復を止められて本部と警察が犯人をでっち上げても長い目で見れば得をする。〈極翠会〉の評判が悪くなるだけだからな。どっちにしたって〈鳴門組〉は損はしない。しかも石川を失った吹けば飛ぶような組と一緒になってやるわけだから本部からの覚えもいい。どこをとっても〈鳴門組〉はいいことしかないのだ。俺はあの組長と若頭を思い出す。アイツらならやるだろう。葬式に来てあんな嫌な顔で嗤うなんて碌な奴らじゃない。
そうこう考えを巡らせているうちに例の彼女から連絡が来た。
『前の店はよく〈鳴門組〉が利用してたんですよ』彼女はうんざりしたように言った。
『威張ってるわりにケチだし、みんな嫌がってた。石川さんは時々来てくれてたんだけど、面白い人だった。麗華さんの店を紹介してくれたのも石川さんだし。女性もSMクラブって使えるよって』
意外な繋がりだった。彼女はもともとM気質はあるらしいのだが、仕事のせいかプライベートでは男性とはプレイしたくないらしい。世の中いろんな人がいるものだ。俺は今日だけでずいぶん色んなことを知った気がする。
『最初は別々に来てたんだけど、いつの間にか〈鳴門組〉の人達と一緒に来るようになって。なんだか嫌々だったみたいだったけど。両脇を挟まれて帰れないようにされてたように見えたし』
石川はもしかして合併することを望んでなかったのか?
『それに今の店に移ったほうがいいよって紹介してくれたのも石川さんだから』
「──ねえ、君ってもしかして若くてアイドルみたいな顔してて巨乳の子?」
『はい? えっとまあ、アイドルグループにいそうってはよく言われますね。巨乳かどうかは……小さくはないと思いますけど』
決まりだ。梨田はシロだ。もし喧嘩を売ってたとしたらわざわざ梨田が常連って知ってる店に、石川は自分の気に入った子を勧めるわけはない。むしろ〈鳴門組〉には気をつけろって意味で店を移れって言ったに違いない。
〈鳴門組〉は何を目当てで石川に近づいたんだ? 考えられるのは石川のシノギだ。最初からそれが目的で近づいてきた。それに石川も気づいて何かトラブルがあったのかもしれない。同じ組織の中にいるのに。俺は奥歯を噛み締めた。
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