朝になりコウカ、ダンゴと共に冒険者ギルドへ向かっているとギルドの入口に見覚えのある2人の少年が2人の大人の男性と1人の女性と共に立っていた。
「うわ、アイツもいる」
ダンゴが嫌そうな声を出す。
この子の言う“アイツ”とは金髪の少年、ジョナタのことだ。どうにもこの子は彼から“チビ”呼ばわりされたことが気に食わなかったらしい。
彼らも近付いてくる私たちに気が付いたようで、私たちを指さしながら大人たちに話しかけていた。
その様子から大体あの大人たちが誰かというのも予想がつく。
「おはよう。昨日ぶりだね、オスカル、ジョナタ」
食人植物に捕まっていたオスカルも特に後遺症などはないのだろう。元気そうで何よりだ。
一方、ジョナタの方は頬に大きなガーゼが張り付いていた。
昨日、別れるまでは怪我などしていなかったと思うがその後に何かあったのだろうか。
「君がこのバカどもを助けてくれたという冒険者だな」
「あ、はい。ユウヒと言います。この子たちは私の仲間でコウカとダンゴです」
オスカルとジョナタを観察していると、その隣にいた金髪の男性が私に声を掛けてくる。
2人の少年にも名乗っていなかったことを思い出した私は、隣に立っていたコウカとダンゴも併せて紹介した。
話には聞いていたのだろう。
彼は小さな女の子にしか見えないが、その実スライムであるダンゴたちにも軽く目を見開いただけだった。
「それで……あなた達はもしかして……」
「ああ、すまない。オレはブルーノという。このバカ息子の父親さ」
予想していた通り、彼はジョナタのお父さんだった。
続いて自己紹介してくれた男性と女性はそれぞれ、オスカルのお父さんとお母さんだそうだ。
彼らは自己紹介を終えると私たちに向かって、深く頭を下げた。その隣にいた少年2人も彼らに倣う。
「息子たちを助けてくれて感謝する。そのうえ、頼みまで引き受けてもらったと聞いた」
「いえ、そんな……頭を上げてください!」
年齢が二回りは上の大人たちに頭を下げられたため、どうしようもなくアタフタしてしまう。
こんなに感謝されるのも唯々むず痒いだけだった。
――そんな私に救いの手が差し伸べられる。
「……アイゼルファーは持ってきてくれたのか?」
それはジョナタからだった。
ジョナタはぶっきらぼうに、だが少しその声に不安を滲ませながら問うてきた。
ジョナタのお父さんであるブルーノさんがそんな彼を叱るが、彼はアイゼルファーのことがどうしても気になるようだ。それはオスカルも同様である。
「少し広い場所に案内してもらえませんか? それなりに大きいので」
「本当にアイゼルファーを倒したのか、君たちのような……いや、少し待っていてくれ。解体所の一角を借りてくる」
ブルーノさんはそう言うと、ギルドの横に併設されている解体所へと向かっていった。
そんなに簡単に借りられるものなのかは知らないがどちらにせよ、今は待つしかないだろう。
数分後、ブルーノさんが戻ってきて無事に借りられたと伝えられ、私たちは解体所の中へと案内された。
ブルーノさんと私、コウカ、ダンゴを除いたメンバーは付いていけないらしいのでしばらくは待ってもらうことになる。
「ここでアイゼルファーを見せてくれるか?」
連れてこられた作業場でアイゼルファーを出すように言われた。
周囲では作業員の人たちが興味津々といった様子で私たちの方を見ている。アイゼルファーは珍しいと言っていたし、やはり気になるのだろうか。
――まあいい。この場所なら直径5メートルはあるアイゼルファーを出しても問題ないだろう。
私は《ストレージ》からアイゼルファーを外へ出した。アイゼルファーからは依然として、人を落ち着かせる香りが漂っている。
そして何もない空間にアイゼルファーが出てきた瞬間、周囲で歓声が上がった。
「こいつがアイゼルファー……それにまさか《ストレージ》も使えるとはな……」
ブルーノさんは私が《ストレージ》のスキルを持っていることに驚いていた。
それに発言的にアイゼルファーを見るのは初めてなのかもしれない。
「ブルーノ。アイゼルファーが持ち運ばれたと言うのは……おぉ、まさにこれは!」
周囲の見物人を掻き分けて、初老の男性が現れる。
彼はブルーノさんに声を掛けたかと思うと、その側にアイゼルファーを見つけて興奮した様子で駆け寄ってくる。
「ギルドマスター、見ての通りのアイゼルファーだ。持ってきたのはこっちの冒険者になる」
「サイズが平均的なのは残念だが、随分と状態も良い。これをその少女が……冒険者カードを見せてもらってもよいか?」
男性はこの街にある冒険者ギルドのギルドマスターらしい。多分、ブルーノさんはギルドの職員か何かなのだろうと予想できた。
断る理由もないので、ギルドマスターの要求通りに冒険者カードを渡す。
それをしばらく眺めていたギルドマスターが口を開いた。
「冒険者ランクはCか……それでどうやってアイゼルファーを?」
流石に少し疑われているのだろう。
私はみんながいるおかげで普通のCランク冒険者よりも手強い魔物も相手にできると思っている。だが、それを知らない相手からだとどうしても不自然に映ってしまうのだ。
事前に対応を考えていた私は焦らずにテイマーカードを取り出して説明していく。
コウカとダンゴがスライムであると聞いたギルドマスターは考え込んでしまった。
「テイマー……スライム……ユウヒ――ユウヒ?」
そして、ハッと顔を上げた。
「お前は“スライムマスター”だったのか!」
どこかで聞いた二つ名をまたここで聞くことになるとは思わなかった。
「そうか……そうだったのか。いやぁ、あの噂もあながち嘘ではなかったということか」
スライムマスターという名前はラモード王国で今流行りの噂話に出てくる少女のことを指す。言ってしまえば、私のことである。
スライムを連れている人など私しかいないので、コウカたちがスライムだと明かすとスライムマスターの噂を知っている人には私だとすぐに分かるのだ。
スライム、というか精霊は普通の魔物とは契約する方法が全く違うらしいので仕方がないことなのだが。
「少しお前の従魔と話をしてみてもいいかね?」
人の姿になった魔物――精霊なので、厳密には魔物とは違うのだが――が珍しいのだろう。興味津々といった様子でギルドマスターが私に許可を求めてきた。
それを私は条件付きで承諾する。
「2人が良いと言ったらですけど……」
「おぉ、そうか!」
実際に話す2人の意思が重要なので、彼女たちに聞いてもらわなければならない。
そんなやり取りを経た彼女たちには態度に差があるものの、どちらも応じることにしたようでギルドマスターと会話を交わしていた。
――ほとんど話しているのはダンゴだったけど。
ダンゴは人当たりが良いので、ギルドマスターとも楽しそうに会話している。それに釣られて、ギルドマスターも目尻を下げる。
多分、今の彼女が楽しく会話しないのはチビ呼ばわりしたジョナタくらいである。
ただ単に人の姿をした2人と話してみたかっただけらしく、満足した様子のギルドマスターは私との会話へと戻ってきた。
「君はこのアイゼルファーをどうするつもりなんだ?」
「えっと……ジョナタ君たちに聞いていないんですか?」
オスカルとジョナタにはアイゼルファーを引き渡す約束をしていたので、そのつもりだったのだが。
――まさか、何も言っていないのだろうか。
どうやらそうではないようで、ブルーノさんは首を横に振った。
「いや、もちろん聞いているさ。だが、あいつらが必要な分などせいぜい花弁1枚あれば十分すぎるほどだ。オレが聞きたいのはその残りさ」
たしかに全部は過剰なのかもしれない。でも急に言われても困ってしまう。
持っておく必要性は感じないし、ギルドで素材として買い取ってもらうのが一番いいのだろうか。
ギルドマスターの反応から考えても、それがベストだと思う。
ブルーノさんとギルドマスターにその旨を伝えたところ、それはもう大いに喜んでくれた。
まさかこんなことになるとは思っていなかったが、思わぬ収入も得られたから良しとするか。
――多分、シズクは喜ぶだろうな。
「ギルドで買い取った分の金は数日後には用意できるそうだ。すぐにこの街を発つわけではないよな?」
「はい。まだあのダンジョンでやることもあるので、少なくとも3日はこの街に滞在していると思います」
「そうか、よかった」
アイゼルファーを素材として売るための手続きをしながら、ブルーノさんと話をする。ジョナタたちを待たせているので、すぐに済ませたいところだ。
それにしても、査定額がすごいことになっている。
金貨も手にしたことがない私がいきなり大金貨2枚を手にすることになるとは思わなかった。
銀貨、大銀貨、金貨の後が大金貨だから……大金貨1枚で銀貨1000枚分の価値があるのか。
私はお金に目がないわけではないが、流石に頬が緩みそうになる。みんなで分割しても一人一人がそれなりの金額を得られることになるだろう。
「それでこれが依頼の報酬になる」
ブルーノさんの手によって机の上にドサッと音を立てて、大きな麻袋が置かれた。
依頼とは何だろうかと疑問に思ったが、多分オスカルとジョナタに渡した分だろう。彼らを説得するためにアイゼルファーの素材回収を依頼として引き受けると言った気がする。
ブルーノさんから確認するように言われたので、一度手を止めた私は麻袋の口を開いた。
「えっ、こんなに?」
中には数えきれないほどの銀貨が入っていた。
他に受けていた採取依頼分もあるとは思うし、袋の大きさと置かれたときの音からたくさん入っていることは予想していたが、まさか全部銀貨だとは思わなかった。
――少年2人には最低限でいいとも言ったはずなのだが。
そう思ってブルーノさんの顔を見上げるが、彼は当然だと言わんばかりに頷くだけだった。
これだけの額、流石に私も素直に受け取るわけにはいかない。
これはギルドが用意したお金だけではなく、オスカルとジョナタの家族の人たちが用意したお金も含まれているはずだからだ。
「さすがに貰いすぎです。これは個人で用意したお金も含まれていますよね? ジョナタ君たちには私から最低限の報酬でいいと言ったんです。受け取れません」
「いいや、アイゼルファーの討伐はAランク依頼相当でもおかしくはない。そんな危険な依頼をCランク冒険者に頼んでしまったんだ。これは感謝と詫びとして、受け取ってくれ」
ブルーノさんは頑なだった。
最終的に私は丸め込まれてしまい、全額受け取ることになってしまう。
――うん、せっかくもらったんだから何時までも不満そうにしているのは申し訳ない。お金を渡した彼からしても、礼を言われた方が嬉しいはずだ。
「ありがとうございます、ブルーノさん」
「ありがとうはこっちの台詞だ。アイツらの残された時間を大切に考えてくれたこと、感謝する。オレからはアイツにこれくらいのことしかしてやれないからな」
ニカッと笑ったブルーノさんだったが、最後に少しだけ寂しそうな笑顔で遠くの方を眺めていた。
◇
「キミ、さっさと訂正したら許してあげるけど?」
「ふん、チビにチビ以外でなんて呼べって言うんだよ」
なぜか、ダンゴとジョナタがいがみ合っている。
オスカル一家はそれを見てアタフタしているし、コウカは苦笑いしながらも傍観していた。
ブルーノさんと一緒に冒険者ギルドから出てきて最初に飛び込んできたのがこの光景である。
ただ待ってもらっているのも悪いので、ダンゴとコウカに先に合流してもらうように言ったのだが、まさかこうなっているとは……。
仕方ない、と止めに入ろうとしたところで隣に歩いていたブルーノさんがずかずかと大股歩きでジョナタに近づいていき、彼の頭に拳骨をした。
「ぐぇ……父さん!?」
「バカやろう! 恩人の女の子を相手になに失礼なことを言っているんだ!」
ジョナタがブルーノさんに叱られている。
彼らのやり取りはしばらく続きそうだから、オスカルたちのところに行こうかな。
アイゼルファーを渡すことはできたが彼らにとって一番重要な工程に関して、心配になったのでそのことを聞いてみることにする。
「オスカル、アイゼルファーはちゃんと渡せるけど、女の子が引っ越しちゃうまでに薬はできそうなの?」
「うん、知り合いの薬師に協力してもらっているから大丈夫だよ。腕は確かだから」
どうやら心配するまでもなかったらしい。それを聞けて私も一安心である。
――間に合わなかったら、悲しすぎるからね。
オスカルと少しだけ話していたら説教が終わったのか、ブルーノさんとジョナタがこちらにやってきた。
「さあ、ジョナタ、オスカル」
ブルーノさんが少年2人の背中を押す。多分、これが彼らとの別れだと思う。
私たちは彼らから改めて礼を言われながら、みんなが待つ宿屋へと戻っていった。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!