自分の覚悟を軽んじられた気持ちになって怒ってるんだよな。分かるよ。それでいい。
生きるために心を燃やすなら、怒りでも何でもいい。
『悲しいだけか? ムカついてないか? 〝どうして先に死んだんだ〟って思わないか?』
『…………っ、思って、……る……』
煽るように尋ねると、彼女は震える声で答えた。
『そのムカつきは、親父さんの死を止められなかった自分への怒りでもある。……でもな、子供のお前にできた事は何もない。あんまり自分を責めるな』
そう言うと、彼女は目を見開いて小さく体を震わせた。
俺は少女の両肩をしっかり掴み、正面から見つめて言い含める。
『いいか、強くなれ。力を付けろ。この先、大切な人を両手から取りこぼさないように、お前が命を救っていくんだ』
――よく言う。俺自身、誰一人として救えていない。
――なのに他人になら、こんな偉そうな事を言えるんだから。
言いながら、俺は内心で自分を嗤った。
『生きるってな、楽しい事もあるけど、基本的につらいんだよ。学生時代は勉強、テスト漬け、大人になれば働いてばっかりだ。そのつらさを紛らわせるために趣味を作り、友達や恋人を作って慰め合い、幸せや楽しさを求める。〝生きるのが楽しい〟と思えても、周りの人がいきなり死ぬ事もある。親戚かもしれないし、友達かもしれない。祖父母や親世代なら子供より死ぬ確率が高くなる。かといって若いから死なない保証もない』
彼女は微かに唇を噛む。
『生きている限り悲しみはやってくる。そのたびに絶望して死ぬなら、命が幾つあってもキリがねぇよ。そうならないように心を鍛えろ。一人じゃ立てなくても、家族や友達に頼り、本を読んで自分の支えになる言葉を見つけて、推しを作って心の支えにしろ』
俺は年端もいかない少女を相手に、盛大なブーメランを投げる。
俺は強くねぇし、友達もほぼいない。読書は好きだが推しなんていない。
でもこの子には俺みたいになってほしくないし、大勢の友達に囲まれて笑っていてほしいと願ってしまう。
『生きるのはつらいけど、……それでも生きてくれよ』
俺は最後に心からの言葉を口にし、彼女の頭をクシャクシャと撫でる。
『子供が死ぬニュースを見るとつらくて堪らない。やろうと思えば、これから何だってできる可能性の塊だ。……お前がその可能性を潰すな。自分をいじめて殺すな』
『…………っ、~~~~っ、う、…………うぅ……っ』
彼女の目から涙が溢れ、ボロボロと零れていく。
――あーあ。通報されてもしょうがねぇな。
俺は苦笑いし、少女を抱き締めて薄い背中をトントンと叩く。
『俺も頑張るから、お前も生きてみようや。案外〝捨てたもんじゃない〟って思える日がくるかもしれないぜ。うまい事いったら〝人生楽しい〟って思えるかもしれないし』
『…………そうっ、――――思えるっ、……かな……っ』
『たいそうな目標なんて掲げなくてもいいんだ。まず今夜を乗り切れ。帰ったらあったかいもんを飲んで、風呂入って寝ろ。いいか、夜は魔物だ。一日脳を使って頭が疲れてるし、ろくな事を考えつかない。やべぇって思ったら寝て逃げろ。寝れなかったら、明るい内容の漫画でも読むんだ。……そうやって、一日ずつやっつけていくしかない』
『…………ん……』
彼女は俺の胸板に顔を押しつけたまま、小さく頷いた。
『大切な人を喪った苦しみは強烈だ。でも一日、三日、一週間って乗り越えていくんだ。やがて一か月になり、三か月、半年になって、気づいたら一年が過ぎてる。そしたらほんの少しだけ、痛みがマシになってるかもしれない。痛みが変わってなくても、むりやり日常を送るから気が紛れていく。そうやって欺し欺しやっていくんだ』
『…………できる、……かなぁ……っ』
少女は洟を啜り、溢れる涙を手で拭う。
『つらいけど、やってくしかねぇんだ。いつかいい事があるって信じようぜ』
俺は少し体を離し、ポンと彼女の頭に手を乗せ、グシャグシャッと髪を撫でた。
『人はいつか絶対に死ぬ。早いか遅いかの違いしかない。もし死後の世界を信じたいなら、いつか死ぬまでに色んな事を経験して、親父さんに自慢できる土産話を作っとけよ』
彼女はいまだ涙を流していたが、ぎこちなく笑い、頷いた。
『うん……っ』
少女が気持ちを持ち直したのを確認した俺は、彼女の母親が心配しているだろうと思い、この橋から離れようとした。
『ケツ冷てぇだろ、立つぞ』
そう言って俺は立ち上がり、少女の細い腕を掴んでグイッと引っ張って立たせた。
そして彼女の顔を覗き込んで尋ねた。
『なんとかやってけそうか?』
『……うん』
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朱里ちゃんへの言葉は、尊さん自身への励ましの言葉でもあり....✨ 辛いことがたくさんあるけれど、二人とも 力強く生きて! そしていつか必ず幸せを掴んでほしい🍀
朱里ちゃんに言いながら、自分にも言っている。尊さん、それでいいの。うんうん😊尊さんもがんばれる💪🔥
できるよ!朱里ちゃん!!! 2人で信じよう!!! 尊さんの言葉は朱里ちゃんに届いてるよ🥺