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俺は頷いた彼女を見て小さく笑い、また頭を撫でる。


『俺も似たような経験があるから、痛みは分かる。でも、死んだらすべてが終わる。親父さんがお前に託した夢も、愛情も希望も、全部なかった事になる。一般論だけど、親は子供に〝後追い自殺してほしい〟なんて思わねぇよ。……つらいけど、つらい時ほど歯ぁ食いしばって頑張れ。そんでなきゃ、寝てやり過ごせ』


『お兄さんもそうしてるの?』


尋ねられ、俺はニヤッと笑った。


『病院に通って薬をもらってる。気持ちを落ち着かせるやつとか、眠れない時は睡眠導入剤とかな。どうしてもしんどい時は病院使うのが一番だ』


『それって、精神科?』


彼女が少し不安そうな顔をしたので、苦笑した。


『偏見があるみたいだけど、骨折したら整形外科行くのと同じだよ。ストレスが掛かりすぎて心が壊れそうになったら、完全に壊れる前に病院に行く。体だけじゃなく、心も健康じゃないと意味がねぇんだ』


少女は初めて知ったように感心し、頷いた。


彼女はまだ若いから、これからも色んな事を吸収して育っていくだろう。


本当に、子供は可能性の塊だ。


だからこそ、タイミング良く救えたこの子が、健やかに育っていく事を切に願った。


『送ってく。家は?』


『…………旅行で来たの。親戚の叔父さんが〝息抜きしなさい〟って、お母さんに旅行券をくれて。……あっちのホテルに泊まってる』


そう言って、彼女は歩いてきたほうを指さす。


『そっか』


俺は頷き、ゆっくり歩き始める。


『名前は?』


今後関わるつもりなんてないのに、俺は無意識に尋ねてしまう。


『|今野《こんの》朱里』


――あかり。


その名前を聞いた瞬間、ズキンッと激しい頭痛が襲い、俺は立ち止まって頭を抱える。


『お兄さん?』


不安げにこちらを見上げた彼女――、朱里の顔に、――――が重なる。


地面にぐったりと横たわり、――――した、小さな――――。


――駄目だ。


俺は歯を食いしばり、溢れようとする記憶に蓋をした。


「………………大丈夫だ、〝あかり〟」


俺は表層の自分と深層の自分を切り離し、努めて冷静に返事をする。


――いつもつらくなっても誤魔化せただろ? 大丈夫、お前ならできる。


俺は心の奥で苦しむ自分に痛みを押しつけ、温泉街の景色を眺めながらゆっくり歩く。


『お兄さんの名前は? ……いつか、また会いたいな』


はにかんで言う朱里を見て、俺は苦笑いする。


『俺の事なんて覚えてなくていい。旅先ですれ違った一人だと思っておけばいいんだ』


『私の事、助けてくれたじゃない。死のうとしたのを止めて、私の人生を変えたんだから……。……覚えさせてよ』


朱里は俺のコートの袖を掴んで立ち止まり、心細そうな表情で訴えてくる。


(……確かに、それもそうか。普通なら、助けられたらお礼を言いたいとか、恩返しをしたいと思うのか)


遅れて俺は、一般的な考え方として思い直す。


(けど、俺みたいなのが関わったら駄目だ。一応篠宮家の人間だし、もしも怜香に知られたら何と言われるか分からない。俺がロリコンと呼ばれるぐらいならいいが、何も関係ない朱里に何かがあったら困る)


だが何かしらの答えを出さなければ、朱里は納得しないだろう。


(なら、偽名でも……)


その時思い浮かんだのは、〝篠宮〟の名字と〝東雲〟の叔母の顔だった。


『…………しの……』


『しの? お兄さん、しのっていうの? どういう漢字?』


朱里は俺が呟いた言葉を、名前だと勘違いしたようだった。


捻った偽名を考えても忘れてしまいそうなので、それを利用する事にした。


『……忍。耐え忍ぶの〝しの〟だ』


言いながら、あまりに自分に合いすぎて笑ってしまった。


『忍、スマホ持ってる?』


そう言って、朱里はコートのポケットからスマホを出し、メッセージアプリを開く。


死のうと思って橋まで来たのに、スマホを持っているのが今の子らしくて、つい笑いそうになる。


『……いや、急いで出てきたから、宿に忘れたな』


本当はコートのポケットに入っているが、嘘をついた。

部長と私の秘め事

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