テラーノベル
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お互いの両親への挨拶も無事に終わって、俺たちは本格的に家を建てるために動き出した。
初めてのことだらけで、とても大変だった。
一階と二階で用途が全然違うから、建築の法律だとか飲食店を経営する上での決まりだとか、そういったことにまで気を配りながら、一つ一つ間違えないように準備していくことにとても骨が折れた。
それでも、一つ一つ夢が形になって、翔太と一緒に暮らせるようになる未来が現実味を帯びてくるたびに、俺の胸は期待に高鳴った。
難しい手続きも、家を建てていくたびに起こる小さなトラブルも、全部翔太と一緒だから乗り越えることができた。
俺たちの家が少しずつ出来上がるたびに、時間が合う時は翔太と一緒にその様子をたびたび見に行った。
設計士さんとたくさん話し合って決めた家の設計図面と、俺の目の前にある建物の外観が全く同じように出来上がっていくことに、不思議な気持ちになった。
俺も料理を作る人間だけれど、家を作ることはできない。
人それぞれ得意なこと、苦手なことがあって、みんなできることを探して自分の居場所を見つけていく。それはなんだかとてもひたむきなことだと思った。みんな、いつだって自分がいられる場所を探している。居心地が良いと思える場所、頑張れるとか頑張りたいと思える場所、必要だと思ってくれる人、大切にしたいと思える人、目に見えない曖昧なものかもしれないけど、そういうものを求めて人は毎日がむしゃらになる。それを大げさだという人もいるかもしれないけれど、俺にはそういう人間の営みが、とても尊くて、輝くもののように思えた。
だからこそ、俺を必要としてくれた翔太の気持ちが嬉しかった。俺に居場所をくれた。
それから、今、俺のもう一つの居場所を作ってくれている設計士さんや大工さんにも、言葉では言い表せないほどたくさんの感謝の気持ちを伝えたくなった。
なにか差し入れを持って行ったら受け取ってくれるかなと、次の日、作業の合間に食べられそうなものをいくつか作って持って行った。
大工さんたちはとても喜んでくれたので、それからも時々、同じようにつまめるものや甘いもの、夏はさっぱりしたものを差し入れに行った。
そうしている間に、俺は大工さんたちとすっかり仲良くなってしまって、足場が組まれた、がらんどうの建物の中で、小さなお茶会を何度もするようになった。大工さんは、「涼ちゃんの店、楽しみにしてるよ。俺毎日でも通っちゃる!」といつも言ってくれた。
その人がお店をオープンさせてしばらく経った今でも、毎週のように顔を見せに来てくれるのは、またもう少し先の話。
工事が始まってからもう少しで二年が経とうという頃、ついに俺たちの家が出来上がった。作業が完了したという連絡が入ってから、俺たちは予定を合わせてその家まで向かった。
一番最初に完成した家には、絶対に翔太と行きたかった。
はじめの一歩は、二人で一緒に、そう決めていた。
二人で中に入ると、そこには俺の頭の中で描いていたものの全てがあった。
明るい色の木の温もりと、窓から入り込む陽の光、家を建てるときに大工さんがご厚意で作ってくれた、世界に一つしかないカフェテーブルと椅子たち、一人でも効率よく作業できるようにと設計士さんが考えて配置してくれたキッチン。
作ってくれた人たちの優しさが、その空間の中にはたくさん詰まっていた。
翔太もすごいすごいとはしゃいでいて、そのまま俺の手を引いて、二人で二階への階段を上った。
大きな出窓から差し込む陽光と、広くスペースを取ったリビングは、俺たちがこれから毎日帰ってくる場所としてはもったいないくらいに温かくて、家具ひとつない状態ではあるけれど、幸せが溢れていく予感がしていた。
もう一度一階に降りていくと、外にお世話になった設計士さんと大工さんたちがいた。
「今日で会えるの最後だから」と、挨拶をしに来てくれたようだった。
忙しいだろうにそこまでしてくれるのも、ここまで仲良くなれたことも、とっても嬉しかった。
「みなさん、本当にありがとうございました!お世話になりました!こんなに素敵なお家にしていただけて、本当に嬉しいです」
「おう、気に入ってもらえてよかったよ。涼ちゃん、元気でな!」
「はい!いつでもいらしてくださいね!」
「おうよ!俺が行った時にはサービスしてくれよ?」
「てめぇいじ汚ねぇな!涼ちゃんに迷惑かけんじゃねぇ!」
「冗談に決まってんだろうがよ!…行くのは冗談じゃねぇからな、涼ちゃんのメシ、また食わしてくれよ」
「はいっ!」
口は悪いけれど、とっても優しい大工さんたちに出会えてよかった。こんなに素敵な人たちに作ってもらえてよかった。
何度もありがとうと伝えたあと、大工さんたちは「またな!」と言って帰って行った。
引っ越しの当日は、翔太と新居で待ち合わせをして、荷物を全て出し切った二台のトラックを見送ると、必要なものを買いに出かけた。
翔太が運転してくれる車に乗って、家具屋さんや雑貨屋さん、電気屋さんを回った。
一番最後にスーパーに寄ってもらって、今日の晩御飯の食材を買った。
「今日は疲れちゃうと思うし無理しなくていいよ?」と翔太が言ってくれたけれど、俺は、「できる限り、毎日翔太にご飯作ってあげたいの」と伝えた。
しばらくは家具を置いたり、家電を取り付けたり、持ってきた荷物を片付けたりとで、なかなか落ち着かなかった。その間にも翔太は、毎日忙しそうに朝早くから仕事に出掛けていった。できるだけ早く、疲れている翔太がゆっくりできる家にしたくて、毎日家中を整理して回った。
お揃いで買った青と赤のマグカップを食器棚に並べて、翔太が雑貨屋さんで目を輝かせながら持ってきた白い犬のキャラクターのぬいぐるみをソファーの上に置いて、翔太が大きなお城の前で渡してくれた薔薇のドライフラワーを壁に掛けた。貰った日から、ずっと大切に飾っていたけれど、いつか枯れてしまった。それでもこの花束は捨てられなくて、ドライフラワーの作り方を調べた日が懐かしかった。
一階のカフェスペースには、おしゃれな間接照明や飾り用の本の置き物、お店の雰囲気を考えながら買ったものを棚や出窓に並べていった。
それから、何かしら植物を飾りたくて買った観葉植物を、一階と二階にそれぞれ一つずつ置いた。
引っ越してから二週間ほど経って、お店を開ける準備がすべて整った。
今日はついに、オープンさせる日。
朝、翔太が仕事に行く時間まで、俺は開店の準備を進めていた。
翔太が起きる時間になって、肩を揺すって起こすと、朝が弱い翔太は眠そうにベッドからずるずると這い出てきて、目を擦りながら洗面台の方へ歩いていった。
しばらくして、準備ができたのか翔太が階段を駆け降りてくる音がした。
下には降りてきているはずなのに、一向に翔太の姿が見えなくて後ろを振り返ると、翔太は階段下の収納の中で何かをしていた。
ひとまず準備はできているみたいなので遅刻することはないかと、俺はもう一度作業に取り掛かった。
「りょうたぁー!ちょっときてー!」
収納の中に虫でもいたのか、突然大きな声で翔太に呼ばれたので、一度手を洗ってタオルで拭きながら声のする方へ急いで向かうと、翔太が店のホールの真ん中で、大きな薔薇の花束を持って片膝をついていた。
「…へ?」
突然の出来事に頭が追いついていなくて、我ながら大分間抜けな声が出たことをよく覚えている。
翔太は、ただじっと俺の目をまっすぐに見ていた。
「オープンおめでとう。涼太の夢が叶ったこと、俺もすごく嬉しい。それと、今日、俺と涼太の新しい日が始まるから、誓わせて」
翔太は一度目線を落としてから息を吐いて、もう一度俺と目を合わせた。
「この先、何があっても涼太を守る。大切にする。今日からは、俺は毎日涼太のところに帰ってくる。もう待たせたりなんかしない、ずっと涼太のそばにいるから…っ、俺と結婚してください。」
下がり眉で笑いながら、涙混じりの声で誓ってくれた翔太を、俺は背中を丸めて薔薇の花束ごと思い切り抱き締めた。包装紙がカシャと擦れる音がした。
「ありがとう。こんな俺でよければ喜んで。」
そう答えると、翔太も俺を強く抱き締めてくれた。
しばらくの間お互いを抱き締め合っていると、急に翔太が立ち上がって「後ろ向いて?」と言うので、俺はおとなしくそれに従った。
背後で金属が小さく鳴る音がして、なんだろうとそわそわしていると首に何かが掛けられた。
チェーンの先にはきらきらと輝く指輪があって、後ろから抱き締めてくれた翔太の左手の薬指にも同じものがはまっていた。
俺は思わず目を見開いた。
「翔太、、っこれ…」
「受け取ってくれる?」
「うん…っ、、ぅんっ、、ありがとう…っ」
翔太にはいつも驚かされてばかりだったけど、この日はびっくりなんて言葉では足りないくらいに驚いたし、翔太の気持ちとその行動全てが嬉しくて仕方なかった。
プロポーズしてくれた時から込み上げるものがあって我慢していたのだけれど、 俺の涙腺はここに来てとうとう堪えきれなくなって、一粒涙がこぼれれば、次から次へと溢れ出して止まらなくなった。
翔太に出会えてよかった。
好きになった人が翔太でよかった。
俺はくるっと向きを変えて、もう一度正面から翔太に抱き着いた。
じっと二人で幸せを噛み締めていると、翔太はなぜか 重たいため息をついた。
「あ“ぁぁ”ぁぁあ…仕事行きたくない。今日はずっと涼太といたい。」
「早く行かないと遅刻しちゃうよ?」
「今すげぇいい雰囲気だよ?したくなってるもん今。」
「朝から何を言ってるの。ほら、早く行ってきて。」
「う“ぅ〜…やだぁ…」
「もう…。翔太?ずっとここで待ってるから、早く帰ってきて?翔太が帰ってきたら、たくさん愛してほしいな?」
「っ、行ってくるわ。」
「うん、行ってらっしゃい」
翔太の体が離れたので、手を振って見送ろうとすると、首の後ろを翔太の手に抱えられて引き寄せられる。そのまま流れるように翔太の唇が触れて、下唇を数回食まれた。
「今日の予約」
そう言って翔太は「行ってきます」と付け足して、家を出た。
ドアがバタンと閉まって、カランコロンとドアベルの余韻が残る店内に、俺の「ばか」と言う声が響いた。
翔太を見送ってから、店の外に出て“open”の看板をドアの手すりに掛けた。
この看板も、作業の合間に大工さんが作ってくれた、世界にたった一つしかない大切なもの。
「今日から、よろしくお願いします」と、立派に建っている自分のお店の前に立ち、小さく頭を下げて挨拶をした。
このお店に恥ずかしくないくらいの料理を作りたい。この建物に負けないくらいのおもてなしをしたい。
開店祝いにと、康二が送ってくれた胡蝶蘭にお水をあげて、キッチンの方へ戻った。
今日始まったばかりのお店に、足を運ぶ人はまだ誰もいなくて、鳥の囀りが聞こえてくるほどに店内は静まり返っていた。
することもなく店内をゆっくりと歩き回っていると、その静寂を破るように、カランコロンと、ドアベルが揺れる音がした。
「あの…お店、やってますか…?」
俺の初めてのお客さんは、おずおずとドアから顔を少しだけ出して、俺にそう尋ねた。
「はい、いらっしゃいませ。お好きなお席へどうぞ。」
ドキドキと鳴り響く心臓を落ち着かせながら、俺はできる限りの笑顔で答えた。
おしぼりとお水を一つずつ持って、そのお客さんが座った席に静かに置いた。
綿毛のような柔らかい雰囲気を纏ったその人は、注文が決まると、俺の方を見て、
「モーニングセットを一つと、それから……甘いカフェオレをお願いします」と言った。
「かしこまりました。少々お待ちくださいませ。」
俺の中で微かに息をしている余裕をありったけかき集めて、目の前のお客さんの前に立った。オーナーとして、料理人として、初めてだろうと何度目だろうと、堂々としていたかった。
俺は、キッチンの方に戻りながら、心の中で「よし、頑張るぞ」と意気込んだ。
普通のカフェオレはメニューにも用意してあったが、この人はそれ以上に甘いものを求めているのだろうか。俺は、できるだけその要望を叶えて差し上げたくて、通常の配合よりもミルクの量を増やして、ケーキ用に用意していた生クリームを上に乗せた。先にそのカフェオレを持っていくと、その人は幸せそうに顔を綻ばせながら飲んでくれた。
「おいしい…すごくおいしい…、、今まで出会った中で一番おいしいです!」
嬉しかった。
喜んでもらえたことがこの上なく幸せだった。
「引っ越してきたばかりでこんな素敵なお店に出会えてよかった」と、そう言ってくれたけれど、俺の方こそ、この人と出会えてよかったと思った。
五年経った今でも足繁く通ってくれるそのお客さんには、気に入ってもらえたこの日と同じカフェオレをいつもお出しするようにしている。
静かな店内には、俺が調理をする音だけが響いていて、退屈じゃないかと、ちらっとお客さんの様子を伺うと、その人は楽しそうになぞなぞの本を読みながら問題を解いていた。
「…それって、、、もしかして……」
「ふふっ、俺の初めてのお客さん、ここまで聞いてくれてありがとう」
阿部は、俺の話を聞いたあと、自分の目の前に置いてある甘いカフェオレの入ったマグカップと俺の顔を交互に見ながら、何度も
「えっ、えっ、、、えぇえええぇ!?」
と驚いていた。
そのカップの縁には、掬いきれずに少しだけ残った生クリームが付いていた。
しばらく経って、落ち着きを取り戻したかのように思えた阿部は、「ということは、オーナーと渡辺さん婚約してたんですね?!」とまた息を荒げた。
「そうだね」と答えると、阿部は申し訳なさそうな顔をしていた。
「失礼いたしました…。婚約されているとは思っていなくて…俺ふっかにお付き合いしてるって紹介してしまいました…。」
「ううん、気にしないで?それに、まだ俺たちを受け入れてもらえる社会じゃないってことは、俺も翔太もわかってるから、外では婚約してるってあんまり言ってないの。だから、俺と翔太の関係を認めてくれるだけで十分嬉しいよ」
「うう…だいぶ遅いとは思いますが、ご結婚おめでとうございます…!」
「ふふっ、ありがとう」
一緒にいることが当たり前だった。
隣にいられることが普通だった。
そばにいてくれることが日常だと思っていた。
でも、それは決して当たり前のことなんかじゃない。
あいつと離れていた時間が俺にそれを教えてくれた。
今となっては、空白の三年間もかけがえのない宝物。
会えるからこそ幸せで、会えないからこそ愛おしい。
陽を浴びながら出窓の上で咲き誇る薔薇は、今日も朽ちることなく輝いていた。
俺とあいつの昔話、これにておしまい、おしまい、かな?
(next. season2)
コメント
7件
お話がほんとにもう素敵すぎて…😭Season2も凄く楽しみです…💙❤️
ほんっとに素敵🥹🥹 そしてあべちゃんが最初のお客様だったなんて!!!💚それも素敵✨ Season2も書いてくださるんですか🥹神ですか!?🥹🥹
阿部ちゃんが、一番目のお客様だったんですね😆😆❤️❤️ ゆり組さんが婚約するまでのストーリーにキュン❤️としちゃいました😆