テラーノベル
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それから、何日か。若井と涼ちゃんは、ほとんど同じ部屋で過ごしていた。
特別なことは何もしていない。
テレビをつけっぱなしにしたり、
無言で同じ空間にいたり、
涼ちゃんが眠れない夜に、若井が起きているだけ。
その日は、昼過ぎに若井がスーパーへ行った。
冷蔵庫の中身が心もとなくなってきていたから。
「すぐ戻る」
そう言って、ドアを閉めた。
――それが、まずかったのかもしれない。
帰ってきた時、部屋は静かだった。
静かすぎる、嫌な感じの。
「涼ちゃん?」
返事がない。
玄関で靴を脱ぎながら、
若井は胸の奥がざわつくのを感じた。
リビングに入った瞬間、
異変は一目で分かった。
ソファの前、床に座り込んでいる涼ちゃん。
背中を丸めて、肩が大きく上下している。
「……っ、は……っ」
息が、早すぎる。
吸えていない。
「涼ちゃん!」
若井は、持っていた袋を反射的に放り投げた。
野菜も、パンも、床に散らばる。
そんなの、どうでもよかった。
一気に駆け寄って、しゃがみ込む。
「涼ちゃん、俺だよ!」
「若井、分かる?」
返事はない。
ただ、浅く、途切れ途切れの呼吸。
目は開いているのに、焦点が合っていない。
「……大丈夫、大丈夫」
声が、少しだけ震えた。
若井は、無理に抱きしめなかった。
でも、視界に入る位置に手を伸ばす。
「今、吸わなくていい」
「吐く方だけでいいから」
ゆっくり、手振りで示す。
「……はー……って、出そう」
「俺の真似」
自分が大きく息を吐く。
何度も。
涼ちゃんの肩が、わずかに反応する。
でも、まだ速い。
「一人にして、ごめん」
「すぐ戻るって言ったのに」
その言葉に、涼ちゃんの喉がひくっと鳴った。
「……っ、ひと……り……」
やっと、声が出た。
掠れて、壊れそうな声。
涼ちゃんの視線が、ようやく若井を捉える。
若井は、床に座り直して、
同じ目線になる。
「ほら」
「吐いて……そう」
何度か繰り返すうちに、
息の間隔が、少しずつ戻っていく。
完全じゃない。
でも、さっきの地獄みたいな速さじゃない。
涼ちゃんは、額を若井の肩に預けた。
触れるか触れないかの距離。
「……若井」
「……ごめん」
「だから謝るなって」
若井は、散らばった買い物袋を一瞥して、
小さく笑った。
「今日の夕飯、床から拾うメニューになったな」
その冗談に、
涼ちゃんの肩が、ほんの少しだけ緩んだ。
若井は、その変化を見逃さなかった。
コメント
1件

あの、凄く好きです‥👏