テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
瑠璃マリコ
3,757
#ファンタジー
芙月みひろ
210
#ハッピーエンド
Tubling
291
#極道
鷹槻れん/鷹槻うなの

19,669
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
虚な目で窓を見る。そこには、傷んだ髪を結い上げた痩せ細った娘が映っていた。
「ばかみたい……私。」
何のために生きているんだろう……。 窓に映る自分と見つめ合う。奥二重の目元は母に似ている。
大好きだった母の眼差しを思い出し、思わず泣きそうになる。 否が応でも、幸せだった過去の記憶が流れ込んでくる。
貧しくても、母の優しさに包まれていた日々。かけがえのない思い出──。
溢れそうになる涙を、そっと手で拭う。その瞬間、手元からふわりと清潔な香りが漂う。
「いい匂い。」
この邸に来てからは、水で濡らしたタオルで拭くくらいだったので、入浴したのは実に6年ぶりのことだった。
綺麗に体を洗われたことは、とても嬉しい。
けれど、義姉の気まぐれによるものだから……。
本当に死ぬまで、このままの生活なのだろうか。
予期せぬことだったとはいえ、こうして、邸の外に出られた。 今なら、もしかして?
窓から外を覗くと、 馬車の外には数名の見張りがいた。 とても振り切って逃げられそうにない。
いったい義姉は、私をどうしたいんだろう?
可能性に賭けて、逃げてみる? でも、もし、捕まったら……。
恐怖が体に染みついていて、どうしても震えてしまう。
それでも、このままここにいるのはいや!
今のうちに──。
腰を浮かしかけた時、馬車が動きだした。 飛び降りようか、どうしようかとぐずぐず悩んでいるうちに、馬車は停止した。
結局、飛び降りる勇気が出なかった。
扉が開かれ、アンさんの案内で、庭園で待ち構えていた義姉の元へと連れて行かれた。
「うふ、待っていたわ。さぁ、行くわよソフィア、ほら、さっさとしなさい!」
「あ、待ってください。」
半ば引きずられるように、歩かされる。
華やかな雰囲気を醸し出している邸が見えてくると、煌びやかな衣装を身に纏った人達が多勢集まっていた。
義姉は、私から手を離すと、黙ってついてくるようにと命じる。
胸元を強調した派手なドレスを着た義姉は、魅惑的な笑みを浮かべて歩いていく。
周囲の男性は、義姉に見惚れていた。
言われた通りに黙って歩いていると、義姉が突然よろける。
「きゃぁ!」
近くの男性に、まるで抱きつくように寄りかかる。
「ごめんなさい、足を引っ掛けられまして……。 実は、私、嫌がらせを受けていますの。以前雇っていた、メイドの娘から……うぅっ……。
身寄りがなく路頭に迷っていた所を、父が引き取りましたの。 それなのに……父の優しさにつけ込んで……うぅっ。
あろうことか、平民の自分を養女にするようにと強要してきたのですわ。 断ると、今みたいに私に危害を加えてきますの。いつも、うぅっ……。」
涙なんて出ていないのに、泣くふりをする義姉。
身体を密着されている男性は、義姉に優しい言葉をかけて慰める。
そして、私に嫌悪の眼差しを向ける。
違う、そんなことしていない、と言いたいのに、言い返すこともできない。
ただ黙って、手を握りしめてこの時が過ぎ去るのを待っていた。
その様子を見て、義姉はニヤリと口元を綻ばせる。
声を出さずに、 「いい気味」と、私に向かって口元を動かす。
耐えられなくて、その場を離れようとしても、側に控えていた方から義姉の元に連れ戻される。
何度も何度も、同じようなことを繰り返し、男性に寄りかかる。
そして、周囲に聞こえるように私を|貶《おとし》める話をしている。
いつまで続けるつもりなの……。
暴れたら、逃げ出せないだろうか?
そんなことをしたら、やっぱり気が狂っているのね、と、義姉の思うつぼになるのかな。
ずっと、黙って耐えるしかないの?こんな自分が情けない。 思わず涙がこぼれそうになる。
私の様子に気づいた義姉が、耳元で囁く。
「泣くことは許さないから! あなたが泣いたら、台無しじゃない! せっかく、あなたが悪女だと知らしめる時なのに。ちょっと、外に行くわよ!ついてきなさい。」
「あっ……。」
周囲の目から隠すように、取り囲まれて、ずるすると引きづられる。人気のない庭園の一角へと連れて行かれた。
丁寧に手入れされた草花。自然の匂い。
渇ききった心を潤すように、深く息を吸い込む。
久々に感じる外の空気。 先程までの出来事が夢だったのではないか、と勘違いしてしまうほどに、幻想的な雰囲気の庭園だった。
こんな状況の中でも、新鮮な空気は、心を癒してくれる。
もう、消えてしまいたい。
「なにぼーっとしてるの? ソフィアのくせに! 全く!もうっ! あなたのその顔を見る度に虫唾がはしるわ!さっさと消えて!
そろそろ夜会を楽しみたいから、あなたは用なしよ。アン、連れて帰って!」
義姉は顎で指示を出す。
やっと、苦痛の時が終わる。 思わずほっとして、強張っていた身体の力が抜ける。
気が緩んだのを察知した義姉は、「待って」と呼び止める。
義姉を刺激しないように、必死に顔を取り繕う。
目を合わすこともできずに、ビクビク震えていると、バンッ!という音と共に頬に衝撃がはしった。
「うっ!」
長年強要されていたので、咄嗟の暴力にも悲鳴をあげることはなかった。
声をあげることも許されないなんて……。
「あーもう!ほんとにむかつくわ!」
もう一度頬を叩かれる痛みに備えて、歯を食いしばる。
義姉の機嫌を損ねると、何かのスイッチが入ったように何度も暴力を振るわれる。
「うっ」
予想通りに義姉は執拗に叩いてくる。
苦痛で顔が歪む。
痛い、やめて、助けて……。
心の中で、誰かにいつも助けを求めている。 何度叫んでも、叶うことのない願い。
私は、ずっとこうして耐えてきた。
地獄のような、この苦痛の時が過ぎ去るのを待つだけ。 自分では、何も行動を起こさずに。
この先もずっと?
どうして?
このまま耐えるしかないの?
自分の境遇に嘆いてばかりで、何も行動を起こさなかった。
本当にそれでいいの?
前に逃げようとした時は、ジャックを巻き込んでしまった。誰かを巻き込むのはしたくない。
でも、今なら?
今なら、誰も巻き込むことはないのでないだろうか。ここには義姉の味方しかいない。
招待状も持たない私は、義姉がいなければここへ入ることは難しいと思う。 けれど、ここから出ることは可能なのでは?
試してみようか。
子供の頃に住んでいた場所は、もう分からない。もし分かったとしても、引き払われてしまっているかも。 路頭に迷うことになるかもしれない。
それでも、ここにこのままいるよりは、ましなのではないだろうか。
一度芽生えた疑問は、後から後から湧いてきて、怯える私の心を奮い立たせる。
逃げよう! 死ぬ気でやれば出来る!
決意を固めた私は、ドンッと義姉に思いっきり体当たりした。
「きゃぁ!な、なにするの!」
義姉の上に覆い被さるように倒れこんだ。
すぐに立ち上がると、|脱兎《だっと》の|如《ごと》く走り出した。
「お嬢様!大丈夫ですか?」
「ちょっと、さっさと起こしなさいよ!何してるのよ! ソフィアのくせによくも私を突き飛ばしたわね!汚らしい。許さないわ!あら、どこにいったの⁉︎
あれを、あの女を、ソフィアを捕まえなさい!」
背後から、追っ手の気配がする。
逃げなきゃ!早く!急いで!
出口はどこ⁉︎
死に物狂いで走り続けた。