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天史拾遺長歌集

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天史拾遺長歌集

104 - 呼び出しの理由

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2025年07月14日

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「………なんで?」


うつむきがちに、友人が口を開いた。


いつもの覇気はなく、直視にえないほど打ちひしがれている。


こんな彼女は見たことがない。


私は元々、それほど感受性かんじゅせいの豊かなほうじゃない。


でも、こんな姿を間近まぢかに見てしまえば。


それが親しい者なら尚更なおさら、今にも胸が張り裂けそうな気色けしきを覚えた。


「分かっとるはずだ」と、ふきさんが沈痛ちんつう面持おももちで、しかし毅然きぜんとした口振りで述べた。


「おぬしらとて、うに分かっている筈だ。 よもや潮時しおどきたがえるほど」


「分かりませんよッ!!」


鋭い怒号に続き、椅子の倒れる音が、手狭てぜまな店内に嗄々かれがれと響き渡った。


カウンターに爪を立てた友人は、肩で息をしながら、真一文字まいちもんじに引き結んだ唇で、からくも次なるセリフをおさえ込んだようだった。


それはもしかすると、ヒドい罵声ばせいだったのかも知れない。


「分かりませんよ………。 私たちの気持ち、そんなの……、分かりませんよ」


そのすえに、ようやく彼女がしぼり出したものは、二柱に対するせめてもの非難だった。


「ごめんなさい……、ちょっと。 あれ……、頭冷やしてきます」


そう言って、力のない足取りでドアのほうへ向かう。


あんな状態の友人を、独りにはしておけない。


とにかく、後を追いかけようとしたところ、吹さんに制止された。


あいすまぬが、今はそっとしておいてやっておくれ」


「でも………」


「驚かせましたな……? 申し訳ない」


台拭だいふきで机上きじょうぬぐった織さんが、新しいお茶を用意してくれた。


ありがたいけど、とても口をつける気分じゃない。


視線をふらりと泳がせる。


「………誰かの、持ち物なんですよね?」


そのようにたずねたところ、吹さんはわずかに目を見張った後、小さく首肯しゅこうした。


“いったい、誰の?”


彼女をあそこまで錯乱さくらんさせる人物とは、果たしてどういった存在なのか。


気にはなったが、この質問は口にすべきじゃないと思った。


「あれも、同じ人の?」


「む………?」


カウンターの上に、鏡ともども放置された物品に目を向ける。


形状からして、恐らく


「それが何か、お分かりか?」


「刀……、ですよね? 日本刀」


素朴そぼくな袋に包まれているが、上部の出っ張りと全体的な具合ぐあいから、そう考えて間違いないだろう。


それにしても、眼の奥が熱い。


「そうか……。 やはり、そう見えるか」


「え?」


「いや………」


疲れ目とは違うな。


ちょっと覚えのない感覚だ。


いつだって泰然たいぜんとしていた友人のあんな姿を見れば、こういった反応が出ても仕方がないか。


ともかく、目をこすこすり、この機会に質問をぐ。


「どうして、私を呼んだんです?」


当面の疑問は他にあるが、おいそれと持ち出すわけにはいかない。


今しがた、そう心に決めた。


だから、比較的ひかくてき手に取りやすいものを選んだつもりだった。


それに、これは元から気になっていたことだ。


彼らが友人ほのっちを呼び出した理由は、この品々を引き渡すためと明らかになった。


なら、私は?


旧友の娘が懇意こんいにする人間の顔を、じかたしかめたかった。


そんな安直あんちょくな理由ではないだろう。


もしそうだとすれば、幼なじみにもお声が掛かってしかるべきだ。


ひょっとして、私にも何か………。


ややあって吹さんが明かした魂胆こんたんは、まるっきり見当外けんとうはずれで、なおかつ理解に苦しむものだった。


「あの子を、無事に家まで送り届けてやって欲しい」


「え……?」


言葉の意味がよく分からない。


いや、そうか。


当の品々をの当たりにした彼女が、あのような有様ありさまになることを見越して。


「それもある」と、こちらの胸中をのぞいたように、彼はこくりとうなずいた。


続けて目線を正し、くだん長物ながものを示す。


かすか、綺麗な瞳の奥に、おびえの色が走った気がした。


太刀たちは、ちと面妖めんようでな? 何事があるか、我らにも皆目かいもく………」


妖刀とか、そういうたぐいの品だろうか?


何やら、雲行きが怪しくなってきた。


「よもや、余人ひとる場で暴れ出すことはないと思うが」


「は?」


危急ききゅうの際は、よろしくお頼み申す」


「いや、なにを………?」


まったく意味が分からない。


少なくとも、神さまが人間に頼むような事柄じゃないだろう。


人間ひとであるからこそ……」


まゆひそめた吹さんが、より明解な説明を加えた。


納得できるかどうか、それはまったくの別問題ではあるが。


人間ひとを斬れぬ太刀をおさえ込めるのは、人間である貴女あなただけ。 どうか道々みちみち……、この先、くれぐれも」


失礼だけど、可愛い顔をしてとんでもない事を言う。


つまり、あれだ。


肉食獣の前に放っぽり出された木立こだちは、身の安全が保障されていると?


狼狽うろたえる私に、さらなる追い打ちが掛かる。


「その太刀は、もはや二度まで人を斬ることはできまい」


「それって………」


つまり、一度は“誰か”を……?


途端とたんに、嫌な考えが浮かんだ。


そちらに気を向けないよう心掛けつつ、差し当たっての違和感に着目ちゃくもくする。


彼の言い方はまるで、刀そのものに意志があるようじゃないか。


たしかに、刀剣が持ち主を選ぶという話は聞いたことがある。


しかしそれは、あくまで偶然の出会いであったり、奇縁きえんを美化した物言いに過ぎない。


なにも刀に足がえて、お眼鏡にかなう持ち主の元まで、自分でテクテクと歩いていくワケじゃない。


物に意志が宿るとすれば、やはり付喪神つくもがみか。


いや違う。 そんな生易なまやさしいものじゃない。


なぜか確信があった。


机上きじょうからギラギラと及ぶ言い知れない気配が、そのようにはんじさせたのか。


刀に宿るモノ。 無垢むく地鉄じがねの奥深くにひそみ、それそのものに意志があるかのように見せるモノ。


そうだ。 刀霊とうれい………。


「どうかお茶を。 あまり思い詰めては体に毒です」


すっかり湯気をそこなったカップに代わり、そそぎたてのお茶を織さんがすすめてくれた。


礼を言い、目元をこする。


眼の奥が、またしても異様な熱感ねつかんを訴えていた。

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