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強い輝きが周囲の景色を覆った。リュウシンもヤマヒメも、何が起きるのかに僅かな期待を抱くほどの神々しさ。やがてゆっくり収まって輝きが凝縮されていくと弾け飛び、魔法陣も消え失せて、残ったのはヒルデガルドひとりだった。
彼女の右側頭部から伸びる、鋭く尖った稲妻のように歪な角。まさしくイルネスのものであり、両目は黄金色に変わっていた。肌はより白んで、爪は真っ黒。全身から放たれる熱の放射。イルネスの特徴を醸しながら、その基本の形態はヒルデガルドの姿を強く残し、絶大な魔力によって全身の傷も完璧に治癒していた。
『聞こえるか、ヒルデガルド』
体の奥底から、響くような聞き慣れた声。
『問題ない。それで、この魔法は?』
意識の中へ問いかけると、イルネスは元気よく答えた。
『儂の身体ごと魔核を一時的にぬしと融合させた。たった数分という厳しい時間の制限はあるが、ぬしの肉体に宿る本来の能力を融合した儂の魔核によって飛躍的に上昇させてくれる。つまり、今のぬしは現人神。その領域にあると思えばよい!』
痛んでいた身体が羽根のように軽い。呼吸も落ち着き、あらゆる感覚が研ぎ澄まされているのが分かる。だが、一方で全身から放出される灼熱のような魔力に、イルネスの言う通り、時間制限をひしと感じられた。
「……ああ。ありがとう、イルネス。君のおかげで──何もかも取り戻した感覚だ。ずっと忘れていたものが、全部蘇ってくる」
頭上から降ってくる自身の杖を手に掴み、石突で地面を叩く。
「湧きたる根源、はてなき憤怒ふんぬは大地さえも貫く槍となる。獰猛なる咆哮と響け、炎の精霊よ。──《ザラマンデル・ブレス》」
紅く染まった宝玉から煌々と放たれた光が空に巨大な魔法陣を創り出し、巨大な炎の柱がリュウシン目掛けて降った。たった一撃。それが彼には躱せなかった。理解するよりも早く注がれた炎の柱を見て、足が動かなかった。
「うおおおおおおおッ! な、なんだ、この圧は……!?」
全身を焼かれても、リュウシンはまだ立っている。威力が先ほどまでのヒルデガルドとは比べ物にならず、痺れて震えた足で、焼かれた体のまま炎を纏って、握り締めた拳を振るう。だが、その拳ひとつ分が届かない。
無表情に近い涼しい顔をして、何度も薄い──だがとても頑丈な──魔力でつくられた壁が容易く弾き、指先でさえ触れることを許さなかった。
「ここまで差がつくとは驚いた。……が、しかし、時間があまりない。悪いが急がせてもらうことにしよう、リュウシン」
杖の先。宝玉を彼の胸にとん、と触れさせて。
「──《デストロイ・フレア》」
イルネスが持つ技の中で最強の威力を持ち、その代わりに自身の命を代償ともする諸刃の剣である技。しかし、もとより不死身であるヒルデガルドは今や神の領域に至り、圧倒的な速度で回復していく魔力によって肉体への負担をほぼ無傷に抑えている。同じ領域にないリュウシンは耐えきれず、肉体には強烈な打ち上げられるような衝撃に加えて、肉体の奥底までを焼かれる熱量に息もできない。
十数秒の後に火炎の柱が消え、そこで魔力を使い果たしたのか、ヒルデガルドの身体から引き剥がされるように、小さなイルネスがぽんと現れてその場に転んだ。
「大丈夫か、イルネス?」
「うむ。しかし、これで倒しきれたのか……」
不安を覚えつつ二人が目を向ける。リュウシンはその場に倒れて動かなかったが、まだ息はあった。しばらく見つめていると、彼はおもむろに片腕を支えに上半身を僅かに持ち上げ、ぎろりと二人を睨みつけた。
「こ、このガキ共に、俺が、負けたのか……!? あ、ありえん、俺はまだ、戦える! 生きてる限りは負けじゃねえんだ!」
全身をがくがくと震わせ、立つのがやっとの男が吠えた。こぶしを握り締め、一歩を進んで、ヒルデガルドたちを見下ろして、鬼の形相を浮かべながら。
「お、俺は、兄貴を超えるまで……死ねん……!」
「そうか。やはり君は、クレイの血縁なんだな」
ヒルデガルドは静かに杖を構えて、彼にトドメを刺そうとする。そこへ誰かが駆けてきた。ぱたぱたと走ってきて、リュウシンにしがみつくフヅキの姿には、ヤマヒメも意外そうな表情を浮かべて顛末を見守った。
「やめましょうよ、リュウシンさん! あんたにゃあ、もう勝てる手なんかありませんよ! このままじゃあ、せっかくの命が無駄になっちまう!」
振り上げた拳を降ろせない。リュウシンは、ぎりっと歯を鳴らす。
「ふざけんな、こんな奴に負けて、それでいいわけがねえだろう! 兄貴だったら、コイツくらい倒せたはずだ! だったら俺だって……!」
悔しさに涙を溢れさせ、膝をつく。もう決着したのだ。今の彼にはヒルデガルドは愚か、弱いイルネスでさえ殴り飛ばすのも難しい。
「ちくしょう、ここまで来て、姉御どころか、こんな奴に……」
「そりゃあてめえの勘違いって奴だぜ、リュウシンよう」
すべてが終わり、ヤマヒメは彼の傍に立った。
「ヒルデガルドがきちんと魔力を取り戻していりゃあ、てめえなんぞ相手にはならなかった。それくらい、この女は強い。わちきと並んでもおかしくねえんだ」
「嘘つくんじゃねえ、こんな奴の何が──ッ!!」
叫んだリュウシンの頭に、ぽんとヒルデガルドが手を置く。
「もう決着はついただろう。聞かせてくれないか、君の話」
「……チッ。負けたんだ、ゴネるつもりはねえ」
がくっと項垂れて、彼は小さな声で話し始めた。
「俺には記憶が残ってる。鬼人になる前の記憶が」