テラーノベル
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体育館には、バレーシューズが床を蹴る音と、鋭いホイッスルの音が響き渡っていた。
今日は他校との合同練習試合。私はマネージャーとして、ドリンクの補充やタオルの準備に追われていた。
「朝野さん、これ、あっちのチームに渡してきてもらえる?」
「はい、わかりました!」
主将に頼まれ、私は他校のベンチへ向かった。
ドリンクを差し出すと、背の高い選手が爽やかな笑顔で話しかけてきた。
「あ、ありがとう! 君、稲荷崎のマネージャー? すごい可愛いね。……良かったら、連絡先交換しない?」
「えっ、あ、ええと……」
困って視線を泳がせた、その時。
――ドォォン! と。
至近距離の床を、バレーボールが猛烈な勢いで叩いた。
「…………っ!?」
心臓が止まるかと思った。ボールを打った方向に目を向けると、ネット際で角名くんが、無表情でこちらを見下ろしていた。
「……あ、ごめん。手が滑った」
温度のない声。彼はゆっくりと歩み寄ると、私の肩にぐいっと腕を回して引き寄せた。
「……で、何。……うちの向日葵に、何か用?」
「え、いや……連絡先を……」
「……無理。……こいつ、俺の彼女だから。……カメラ回して、今のも全部撮っとこうか?」
角名くんはポケットからスマホを取り出し、レンズをその選手に向けた。
その瞳は、獲物を威嚇するキツネそのもの。相手は「……悪かったよ」と、気圧されて逃げるように去っていった。
「……角名くん。今の、危ないよ……」
「……危ないのは、向日葵の方でしょ。……あんな奴にニコニコ笑って」
彼は私の肩を掴んだまま、体育館の隅にある用具入れの影に、強引に私を連れ込んだ。
「……ねえ。忘れたの? ……俺以外の男と、二人きりにならないって」
「……でも、あれは仕事だし……っ」
「……仕事でも、やだ。……今の、全然演技じゃないから」
角名くんは、私の顎を指でぐいっと持ち上げた。
いつも余裕たっぷりな彼の瞳が、今は暗く、激しく揺れている。
「……上書きしなきゃ。……あいつに触られたところ、全部」
彼はそう言って、私の頬に、熱い手のひらを押し当てた。
シャッター音すら鳴らない、静かな独占。
「演技」という言い訳すら忘れた彼の執着に、私は息をすることさえ忘れてしまった。
練習試合の合間。熱気がこもった体育館の更衣室裏は、誰もいなくてしんと静まり返っていた。
壁に押し付けられたまま、私は角名くんの熱い視線から逃げられずにいた。
「……ねえ、向日葵。さっきの、まだ反省してないでしょ」
「……反省って……仕事だったんだよ? 角名くん、怒りすぎだよ」
私が少しだけむくれて言い返すと、角名くんはふっと鼻で笑った。
彼はポケットからスマホを取り出し、ロックを解除して私の目の前に突きつける。
「……見て。これ、何かわかる?」
画面に映し出されたのは、写真管理アプリの隠しフォルダ。
そこには**『Himari』**という名前がついていて、サムネイルは全部、私の写真だった。
「えっ……!? 何これ、いつの間に……」
「……授業中に居眠りしてるところ。購買でパン選んで迷ってるところ。図書室で真面目な顔してるところ」
スクロールされる画面。そこには、自分でも見たことがないような、無防備な私の表情が溢れていた。
「……俺、向日葵のこういう顔、全部持ってるんだよね。……演技じゃなくて、本物の向日葵」
角名くんはスマホを耳元に寄せ、低い声で囁く。
「……こんなに集めてる俺が、あんな男にニコニコしてる向日葵を見て、平気でいられると思う?」
「……っ、」
「……これ、誰にも見せたくない。……一生、俺のフォルダの中にだけ閉じ込めておきたいんだけど」
彼はスマホを持っていない方の手で、私の腰をぐいっと自分の方へ引き寄せた。
密着する体温。彼のジャージから、激しい練習のあとの熱い匂いがする。
「……ねえ、向日葵。……これでもまだ、『演技』だって言い張るの?」
逃がさない。そう言わんばかりに、彼は私の首筋に自分の額をこんと預けた。
「……上書きしてあげる。……あいつの視線も、言葉も、全部消えるくらい」
シャッター音のない、静かな執着。
彼のスマホの中に閉じ込められた私と、今、目の前で私を抱きしめる彼。
どちらの角名くんからも、私はもう逃げられないのだと悟った。
すず
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🏳️⚧️ちべ🕶️
コメント
3件
今回もめっちゃ良かった!!