テラーノベル
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雪がしんしんと降り積もる中、小国ペルニーアの王子カシミロ殿下と、その従兄弟であるエリオット・ババーク、空竜鳥族の第八王女ジーナ様は、冬の間だけ居候する形で決着が付いた。
もちろん三人から謝罪を受けたので、ルティが罰する前に許し、居候は私が提案したのだ。
「今度どうするかも含めて、エリオット様とジーナ王女はじっくりと話し合うべきだと思います。そこで提案なのですが、この冬の間はルティ様の家で共同生活をしてみて、今後一緒にやっていけるかどうか、その当たりも含めて検証すべきだと思うのです」
正直、人族側のエリオット様からすれば、ありがた迷惑かと思っていた。なにせいきなり襲われて、求愛紋を刻まれ掛けて死にかけるとか普通にトラウマものだし、ジーナ王女に対して思うところがあるのではないかと不安に思ったのだが──。
貴族服に身を包み、髪を三つ編みに整えたエリオット様は、黒縁眼鏡をかけて凛としていた。急に出来る人っぽい雰囲気だ。
「ご提案ありがとうございます。四大種族と結びつきを強めるには政略結婚も辞さないですが……、まずは妥協点を見出してから……」
「(予想以上に冷静でしっかり分析している。損得勘定で動く人なのかしら?)えっと……死にかけていましたが、その辺は大丈夫なのです? 普通はトラウマものかと」
「うっ……ダーリン」
眼鏡の縁を挙げて、キリリと「問題ありません」と言い切った。凄いな、この人。格の違いを見せつけられた気がする。
「些末なことです。自分は運良く生きていたので前向きに考えます。幸いにも、我が王子、大賢者様とシズク様のご尽力のおかげで話し合う場を設けて頂きましたので、有効活用しようと考えております」
「ダーリン!」
曇りない眼で答えるエリオット様は、私が思っていたよりも豪胆な人のようだ。カシミロ殿下曰く次期宰相閣下だとかで、相当の切れ者らしい。今後の小国を繁栄させるためにも、失ってはいけない人材だと言われれば、わからなくはない。
(《片翼》による結婚も、政略結婚と割り切る気なのかしら?)
「ところで王女殿下」
「ジーナでいいわよ♪ ふふっ。あ、でも求愛紋を結ぶ前に名前で呼ぶのは控えないと、ダーリンが危ないわ」
「ん?」
「え?」
「名前呼び?」
ジーナ王女は羽根や鷲の手足は人と同じになって、羽根だけは縮んで可愛らしい。服装は男物のシャツにズボンという恰好をしている。だいぶ肌面積が増えて私としては満足だし、本人も人の姿だとなんかスースーして恥ずかしいと言っていた。そのあたりの感覚は、よく分からないけれど、それよりも気になるのは名前呼びについてだ。
「あの。求愛紋を結ぶ前の名前呼びに、どんな意味が?」
「「!?」」
お茶の用意を手伝ってくれていたルティが、ティーカップを戸棚から取り出したところで落とした。ジーナ王女も顔を青ざめている。
沈黙。
もうこの沈黙が怖いのだけど。
「え……えっと、エリオット様はご存知ですか?」
「いや。種族について多少知識はあるものの、詳しいことは知らないな」
良かった。私だけが知らないという訳ではないようだ。
カップを落としたルティが心配になったけれど、すぐに修復魔法で直していた。器用ね。
「それで名前呼びなのですが……」
「え、え……なんで《片翼》なのに、神々から授けられた知識がないの?? どうして……?」
(そんなこと私たち人族に言われましても……知らないものは知らないのです)
「今さっき気づいたことだが、おそらく、そこで《片翼》との価値観の擦り合わせや、知識の共有をしなければならない作業は発生するのでしょう。……そしてそれに気づけなかった場合、人族に求愛紋を施し、擬似魔力炉を作り寿命を引き伸ばしても……早くに亡くなる」
相互理解。種族が違えば価値観は大きく違う。奇跡的にお互いに話し合い、わかり合ったとしても、そして周囲の環境も《片翼》の存在を曲解あるいは、政治の都合を強いるようなら悲劇が生まれるのも当然の結末なのだろう。
ブリジットとヴィクトルの終わりがそうだったように、海竜魚族の終わりもまた悲劇だった。
「ここで人族がすぐに亡くなったことで、人族の認識としては《片翼》、花嫁、伴侶イコール生贄という印象が根付いてしまった。あるいは上位種族がそのように流布した。《片翼》本当の意味、そしてその知識は《高魔力保持者》しか持ち得ない。故に政治的優位に立つため、当時の四大種族が口裏を合わせて、上位種族という印象操作を行った可能性がある。なにせ人族は短命ではあるものの、神々と同じ姿を象った存在だ。人族よりも圧倒的に数の少ない四大種族が画策したと考えれば筋が通る」
「そんな……嘘でしょ……。だからダーリンは……」
ルティは淡々と説明しているようにも聞こえたが、声が震えていたのがわかった。
お茶の準備を終えてから、ルティと一緒にカップを運んで、五人分のお茶を淹れる。ミルクティーの香りが部屋を満たし、少しだけ雰囲気が和らいだ。
着替えやら寝床の準備でバタバタした後でもあるので、ミルクの甘みと温かさにホッとする。
うん、美味しい。
お好みで蜂蜜を入れて見たけど、控えめに言って最高だわ。こっちの世界で蜂蜜は高級品の一つだけど、森の大賢者だと何かと安価に手に入るとか。砂糖が高いから嬉しいわ。
ルティは私の隣にいるものの、いつものように「膝の上に乗ってほしい」などの甘える様子はない。ただ……チラチラ視線は感じる。
ちょっと鬱陶しくなってきたので、距離を詰めて肩に寄りかかることにした。ホッとしたのか、口元が緩むのが見えた。何に怯えているのか心当たりが多すぎて分からないけれど、その話は後だ。
二人きりで話すためにも、まずは五人でのやりとりを優先する。そう思っていたのだが、空気を読まないカシミロ殿下が興奮気味に割って入った。
「先ほどの話! 名は言霊。故に《高魔力保持者》が片翼の名を呼ぶと、それだけで膨大な魔力量を付与することになるので、危険だという結論を出してみたが合っているだろうか!」
(なんでこの人は楽しそうなのだろう)
「殿下……。少し落ち着いてください」
「落ち着いていられるか! これは大発見だぞ」
テンションが高いカシミロ殿下、それを止めるエリオット様。そして案の定、ルティとジーナ様は「それも知らない……?」と絶望している。
(今まで常識だと思っていたことが一切通じていないって大変ね。どこまでが知っていて、どこまで知らないのか一つ一つ確認するって大事だって実感するわ)
そう考えると、ヴィクトル様がブリジットの名前をあまり口にしなかった理由もなんとなく察することができた。あまり長い時間一緒に居なかったのも、魔力に馴染むまで会うのを控えていたのなら納得だ。
「どうなのだ、ジーナ王女!」
「そうよ♪ 魔力炉はそもそも形成に時間が掛かるし、できたばかりの器官そのものは弱いし適合にも個人差があるもの。魔力炉の作り方も種族によって違うわ♪ 一番エグいのは海竜魚族ね。心臓を一度取り出すとかサイコなこと考えているもの」
「……ルティ、天竜狐族はどうなのです?」
教材には海竜魚族しか書かれておらず、他は『種族によって異なる』としかなかった。ルティは顔を背けたままだ。
「ルティ?」
「……です」
「ん?」
#異世界転生
コメント
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ああ、第34話読みました。今回は「名前呼びの禁忌」という、これまでぼんやりと示されていた設定に明確な意味が与えられた回でしたね。《片翼》と人族の間にある知識の非対称性——それが「相互理解不足による悲劇」に直結する構造になっているのが興味深い。ルティが震えていたのも、その知識の溝を自覚したからでしょう。カシミロ殿下が興奮して「大発見だ」と叫ぶところ、研究者としての喜びと無邪気さが混ざっていて、この話の重さとの対比が巧いと思いました。