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休日デートの締めくくりは、彼のマンションだった。
都心の夜景が一望できるリビングは、モデルルームのように整然としていて、どこか彼らしい。
けれど、玄関に並んだ二足の靴が、ここが「特別な場所」になったことを教えてくれる。
「……喉、乾いた?何か淹れるよ」
健人さんはジャケットを脱ぎ、キッチンへ向かった。
シャツの袖を無造作に捲り上げる仕草に、また心臓が跳ねる。
私はソファの端にちょこんと座り、落ち着かない手つきで膝を撫でた。
「お邪魔します……」
「ねえ、日菜子ちゃん」
ふいに名前を呼ばれ、顔を上げると、彼はカウンター越しに私をじっと見つめていた。
その瞳は、オフィスで見せる鋭い輝きとは違い
熱っぽく、どこか子供がねだるような色を帯びている。
「……そろそろさ、名前で呼んで欲しいな」
「えっ? ……あ、『健人さん』ってことですか?」
「そうそう」
彼はキッチンから出てくると、私の隣に静かに腰を下ろした。
沈み込むソファ。
伝わってくる彼の体温。
彼は私の手を包み込み、耳元に顔を寄せた。
「『部長』とか『萩原さん』とか…距離を感じるし、会社を引きずっているみたいで、寂しいんだ。……『健人』って、呼んでみて」
…部長の名前を呼ぶ
意識すればするほど無理、絶対に無理だ。
私の頭の中の「営業部長・健人」という肩書きが、猛烈にブレーキをかける。
「そ、そんな…不敬罪というか、なんだか緊張してしまって……っ」
「不敬罪って…はは、今は仕事じゃないだろう?僕は君の恋人だよ」
彼は困ったように笑うと、私の指先に小さく噛みついた。
ピリッとした刺激と甘い痺れ
「ほら、練習。……言ってごらん?」
「け、…け……」
喉まで出かかっているのに、どうしても「ん」の先が続かない。
私が顔を真っ赤にしてフリーズしていると
彼は私の腰を引き寄せ、そのまま背後のクッションに押し倒した。
「……呼んでくれるまで、離さないよ」
「っ、ず、ずるいです……!」
視線の高さが逆転する。
覆いかぶさる彼の影
外されたボタンから覗く鎖骨
そして何より、私を射抜くような情熱的な眼差し。
「……け、んと」
消え入りそうな声で、ようやく絞り出した。
その瞬間、彼の顔がパッと輝いたのを私は見逃さなかった。
「…もう一度言って?」
「けっ、健人……さん?」
「……ふふっ、まあ、名前で呼んでくれるだけでも今はいいかな」
彼は満足げに目を細めると、私の唇を深く、深く塞いだ。
明日になれば、また「部長」と呼んで距離を置かなければならない。
だからこそ、この夜だけは。
名前を呼ぶたびに深まる熱の中で
私は「部下」であることを、綺麗さっぱり忘れていった。