夜になって仕事を終えた私達は、車で樹さんを迎えにいった。
3人での食事は、柊君が好きな和食になった。そこには、アメリカ帰りの樹さんに和食を食べさせてあげたいとの優しい気遣いもあった。
ある和食料理店の個室に案内された私達は、靴を脱いでお座敷に上がった。
奥に柊君と私が、手前に樹さんが座った。
色々みんなで注文し、お茶を1口飲んだ。何だか喉が渇くスピードが早くて困る。
「今日は柊のおごり?」
「もちろん」
「柊、日本酒飲む?」
「いや、僕は運転があるから。樹は久しぶりだろ、日本酒」
「ああ」
2人のやり取りを黙って聞いていたら、樹さんが私の方を見て言った。
「柚葉、お前運転できないのか?」
え!! ゆ、柚葉!?
樹さん、今、私を呼び捨てにした?
そのフランクさは、5年間アメリカにいたせいなの?
「あ、あの……。私、運転できないんです。ごめんなさい」
「柚葉が謝ることないよ。樹、今日は僕が運転するから。特にお酒が飲みたい気分じゃないし」
柊君、優しい。
本当は飲みたいのに、運転できない私をかばってくれてるんだ。
それに比べて樹さんは、やっぱり意地悪だ。
そんな言い方しなくてもいいのに。
そうこうしてるうちに、どんどん料理が運ばれてきた。
見た目がとても美しく、ひと皿ひと皿盛り付けが繊細で、食べるのがもったいないくらいだ。
「いただきます」
どれも美味しくて、お箸が進む。
樹さんも、久しぶりの日本食に満足してるようだった。
柊君がいろいろ樹さんに話しをふって、樹さんはそれに答えている。仕事の話し、プライベートな話しも。私はたまに会話入りながらも、2人の自然な掛け合いを聞いていた。
カッコ良過ぎる2人の姿や仕草を見ていると、 ただそれだけでドキドキする。
柊君は久しぶりの兄弟の時間を心から楽しんでいた。終始笑顔の柊君を見ていたら、樹さんのことをずっと大事に思ってきたことがよくわかった。
結局、樹さんもお酒は飲まなかった。
柊君を気遣ってる行動に優しさを感じ、運転できないことを申し訳なく思った。
私達は、心ゆくままに素晴らしい料理を味わい、今のこの時間を楽しんだ。
話の途中、樹さんは、私に対して冷たい言葉を投げることはしなかったけど、あんまり目を合わせてくれなかった。
仕方ない……。今日初めて会った私を、きっとまだ柊君の彼女として認められないんだろうから。
それに、私は美人じゃないし……ね。
「そろそろ行こうか」
時間もずいぶん経った頃、柊君の一声で、私達は店を出て車に乗り込んだ。
マンションまで送り届けてくれた柊君は、わざわざ車から降りて、「柚葉、今日はありがとう。明日また会社でね。戸締り気をつけるんだよ」と、頭をポンポンしてくれた。
さりげない行動にキュンとなる。
「うん。今日は本当にありがとう。すごく楽しかったよ。樹さんも、ありがとうございました」
私は、助手席に座ったままの樹さんにも頭を下げた。
「ああ」
え? それだけ?
あっさりし過ぎてて、寂しい。
さっきまで一緒に食事してたのに。
「じゃあ、行くね。柚葉おやすみ」
手を振って見送る私。
いつまでも笑顔の柊君に対して、最後まで樹さんは私を全く見なかった。
「同じ顔なのに、中身は全然違う」
思わず本音が口から漏れだした。
樹さんも、もっと愛想良くしたら素敵なのに……
あんな感じじゃせっかくのイケメンが台無し。
私の彼氏が柊君で良かった。
あんなに見た目も性格も良い人は、他には出会ったことがないし、これから先も絶対出会わない。
私には……柊君しかいない。
柊君がいてくれれば、他には何もいらない。
私は今日、樹さんに会って、柊君への愛を再確認できた気がした。