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感動( ;∀;)
踏切の音。
人がざわめく声。
視線の先に立っているのは
─俺の、姉だ。
(翠姉……!!)
踏切の前から身体が動かない。怖くて動けない。ただ震えるばかりだ。
電車が近づいて来る。汽笛がうるさい。翠姉に付いた雨粒がライトに照らされて、やけに綺麗だった。彼女の黒目がふるふると揺れて、涙が落ちる。
ごめんね
そう言ったように感じた矢先、翠姉は電車で見えなくなった。
ぐしゃり、と音がして、線路は赤黒い血肉に染まる。
─嘘、逃げなかったの?
─警察呼びましたか!?
─うわ、グロ……
全部、お前のせいだ。
人々のざわめきの中、翠姉にそう囁かれた気がした。中途半端に止まった電車から、何か這い出してくる。
その時、ぎゅうっと首を掴まれた。……苦しい。息ができない……
お前のせい。全部あんたのせいだよ、海音。
「……はー、っ、う”……」
(またこの夢…)
通りすがりのパトロールカーが何台も、サイレンを鳴らして走っていく。中には救急車のサイレンも混じっている。
まだ日が明けたばかりの街を、カラフルな明かりで照らしながら過ぎていった。
「あの日、みたいだな…」
さっきまで夢に出てきていたあの事故─翠姉の自殺─と酷く似たこの状況。あの日も、俺のすぐ傍をパトロールカーが走っていた。
─翠姉が死んで、初めて幻覚を見たあの日、うるさいサイレンを鳴らして。
「…っう”ぐ…!」
(っやばい、吐く……!)
この夢を見ると毎回猛烈な吐き気に襲われる。
口に残るような、苦くて酸っぱい胃液の味は何回吐いても慣れない。
食べた物全て出し切ったと思っても、止めどなく出てくる胃液。本当に嫌だ。10分くらいトイレに篭って何とか収まり、やっと出ることができた。
「…まずい」
今更だが、当たり前だ。
胃液が砂糖菓子みたいに甘かったら、何を食べてもきっと、というか食べてなくても胃もたれしていたはず。その事を考えると、まずい方がいいのかもしれない。
という現実逃避に近い考え事をしてもう一度寝ようと思ったが、あの夢のせいで寝ることが出来なかった。
そして日が昇り、窓から見える家と家の隙間から日が差し込む。
また一日が始まるのか。絶望とまでは行かないが、何となく憂鬱な気分のまま学校へ向かった。
「次、自習かあ…」
クラスメイト、加藤 雛─通称おサボり常習犯─が伸びをする。特徴的な猫目と相まって、まるで猫のようだ。
「……抜け出したい…」
「抜け出せば?」
俺の呟きをいち早くキャッチした雛がにやりと笑い、えくぼをへこませる。付き合おうか、という雛の提案に少し心が揺らぐ。
抜け出そうか。いや、でもな……まあ少しならいいか。
「…行ってくる」
「お、君も来る?こっちの世界に」
「うるさい。気分転換」
「ふうん」
午後の授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。屋上に吹き抜ける風が気持ちいい。
教室を抜け出してここに来るのは初めてだ。正直チャイムなんて聴こえないくらい心音がバクバクしていた。自分で来たくせに。
「あ」
ふと視線を逸らす。
視線の先にいたのは、寝ている…おそらく男子生徒だ。可愛らしい顔の上、さらさらの長い髪のせいで余計ややこしい。
薄いクリームイエローの髪をなびかせて寝ている彼は大丈夫なのだろうか。
「おーい。」
「…ん……ぅ」
「おーーい。おーーーい」
「ぅゔ…ぁえ、うわっ!?」
急に起こされて驚いているようだ。ぱちぱちと瞬いた瞬間、綺麗な黒目がゼリーみたいに揺れる。
(どこかで会ったこと…あるのか……?)
どことなく見覚えがある。そういえば、この人3年生の……全校集会で1度だけ、目が合った事がある。薄く微笑まれたあの時も軽くパニックを起こした。
男子生徒の制服を着た体に、まるで女子のような─いや、女子より可愛いかもしれない─整った顔が乗っかっているのだから。
「大丈夫、ですか…?」
「ぁ…だいじょぶ、ですっ」
…ガッチガチに固まって震えている。俺じゃなくて先輩が。
「授業始まってますけど」
「気にしなくていいよ。午後はもう授業受けないつもり。君は?」
「先生いなくて、好都合だったんで抜け出してきました」
「へ〜…二年生…だよね?」
「ん。…三年生、ですよね。」
「よく知ってるなあ」
「目立つんで」
こんな目を引く三年生は早々いない。超目立つ。
「…大丈夫?二年のこの辺りの勉強、結構響くけど。」
「…ぇ」
そうなのか…少しヤバいかもしれない。
「成績については気にしないでください。そっちこそ、受験とか…」
「休憩。…いろいろ疲れちゃって。」
「はぁ…何かあったんですか…?」
「ちょっと、ね…」
先輩のそっと伏せた目に薄い水の膜が張る。それがだんだん厚くなって、やがてこぼれ落ち始めた。
「あの、涙が…」
「大丈夫、だから。すぐ引っ込むから、さ…」
「絶対引っ込まないじゃないですか」
「違う、本当にだいじょうぶ…ぐすんっ…うぅ…」
…結局先輩はずっと泣いていた。子供みたいに、声を上げて。収まるまで数十分、俺はずっと先輩の背中を撫でていた。
翠姉が泣いてた時、自分なりに救おうと足掻いていたあの時みたいに。
「落ち着きました?」
「…ありがと。ほんと、ごめんね。」
「別に。そっちこそ、悩みとか…何か聞ける事ないですか?」
「ううん、大丈夫だよ。全然平気、だから… 」
泣きじゃくった赤いうるうるとした目で、先輩はぼうっと空を見ているように見えた。柔らかそうな頬が、ほんのり赤に染まる。
放課後のチャイム。授業を初めて抜けてきた俺は少しだけ後ろめたい気分になる。
「あ、放課後のチャイム。」
「もうこんな時間か。じゃ、そろそろ帰ります」
「あっ」
袖の裾が引っ張られる。先輩だ。
「待って。」
「…ん?」
「またここで、僕と話してくれない…かな…?」
内心少し戸惑った。顔に出たかもしれない。
「あ……ぁの…嫌…?きもちわるい……よね。ごめん」
顔に出ていた。申し訳ない。
もしかして…必要とされている?この訳あり先輩を救えるかもしれない。翠姉みたいに自殺させるのは嫌だ。助けたい。この手で幸せにしたい。この人を。
「また、明後日の午後にでも。」
先輩の顔がぱっと明るくなる。子供が欲しかったおもちゃを買って貰えた時みたいな、無邪気で可愛らしい顔。
「…えと、待って、名前!めい!カザキ メイね!漢字はいいや!今度!」
「俺海音です。石黒 海音。海の音で海音」
先輩ははしゃいで階段を降りていった。なんか年齢に見合わない感じ。可愛い。
どことなく既視感のある綺麗な目をした、行動が少し幼い「かざき めい」先輩。雰囲気が明るいけどおそらく訳あり。頭の中に、先輩の情報が次々と入ってくる。
いつか、あなたを救えるまで。待っててください。先輩。