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#ファンタジー
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あれから数日。逗葉浜のシステムも安定し、物流も流れ始めた。子供たちの笑い声が戻り、夜には明かりが点くようになった。それだけで、世界が少しマシになった気がする
だけど、安定は、いつも嵐の前触れに過ぎない。
次は平野塚地区からの要請だった。
「システム導入をお願いしたい」
鎌倉避難所の徳本リーダーが、通話を繋いできた。通信は途切れ途切れ。それでも、その向こうの焦りははっきりと伝わってきた。
連絡してきたのは片桐という地区のリーダーだ。なんでも、以前僕の通っていた高校の先生をしていたこともあるという。僕も美咲もその名前に記憶がなかった。おそらく僕たちが入学する前に移っていったのだろう。
でも、なんだか懐かしい匂いがした。
「行こう。放っておけない。」
そう言って、美咲はポケットから古いルージュを取り出した。
もう、すり減っている。思い出の品なのだろう。唇に塗り直す。
彼女の決意の印。
僕は何も言わず、荷物をまとめた。
平野塚地区への道は、まだ瓦礫が残っていた。
海沿いは、ほとんど更地。潮風と石油の匂い、それに火山灰が舞う。まるで世界の終わりの後みたいだった。
避難所は営業を中止したホテルだった。そのロビーで数十人の人々が食料を分け合っている。
「すみません、リーダーは急用で今日はいません。代わりに僕が対応します」
サブリーダーという青年が出てきて、深々と頭を下げた。
「ありがとうございます。鎌倉と逗葉浜のシステム、噂になってます。ここでもぜひ導入をお願いしたいんです」
「了解。じゃあ、電源とネット環境を見せてくれ」
僕はすぐにラップトップを取り出し、状況を確認する。発電機の出力は弱いが、なんとか動きそうだった。
一方、美咲はすぐに人々と打ち解け、子供たちに笑顔を向けていた。
ああ、やっぱり彼女は現場の人間だ。僕はいつも、影の人間でいい。そう思っていた矢先だった。
リーダーの青年が、顔をこわばらせたまま僕の耳元にささやいた。
「……たぶん、すぐ来ます。用心してください」
「誰が?」
「ここを仕切ってる連中です」
またかよ。嫌な予感が、背中を冷たく撫でた。
その瞬間、目から火花が散った。後ろから殴られたようだ。振り向こうとしたが、僕の覚えているのはそこまでだった……。
ーーー数台の車のエンジン音。この、ガソリン不足なのにどうした?
そこで気がついた。
あれ、ここどこだっけ?
そうだ、平塚の避難所だ。そこでパソコンをセットアップをしにきたんだ。リーダーと話していて……。
手が動かない。僕は椅子に括り付けられていた。口には猿轡。うーうー唸るしかできない。
そうだ、リーダー、奴が裏切った?美咲は?
おい、彼女はどうなったんだ?
「ひがふいた?(気がついた?)」
僕の横に美咲が座っていた。同じように椅子に括り付けられ、口には猿轡。
「ふん、ふへん、ふはんひは(ごめん、油断した)」
周りを見る。ここはホテルの会議室のようだ。
机の上にパソコンとモニターが並んでいる。その時、数人の足音が近づいてくる。しばらくしてドアが開いた。
スーツ姿の中年男性が入ってきた。
背広にサングラス。うーん、なるほど、ホテルならふさわしい服装だな。でも、災害時に場違いじゃないのかなぁ。
そこにさっきのサブリーダーが後ろ手に縛られた状態で引きずられてくる。後ろには頑丈そうな青年。あ、サブリーダーと個々のシステムを一緒に説明してくれた男だ。
そいつにサブリーダーが蹴られて転がる。
「君たちが問題の子供達かね」
スーツ野郎がとぼけたように笑う。物腰は低い
「困りますね。勝手にそういうことをされては。平野塚はうちのテリトリーの一つなんですよ」
「ふぇひほヒー?」
美咲がモゴモゴいう。
「おい、このお嬢さんを喋れるようにしてあげなさい」
サブリーダーを蹴り上げた青年が美咲の猿轡を外す
「テリトリーって何よ」
美咲が眉をひそめた。
「ここは避難所です。誰のものでもありません」
男はまだその顔に笑いを貼り付けている。
「君たち、なんだかAIだのコインだの、導入しているそうじゃないか。でもね、ここのバランスが壊れちゃ困る」
「バランスって何をおっしゃるのですか?」
美咲もまだ紳士モード。
「もちろん、君たちの努力は尊重するよ。でもね、地域によって、最適なやり方があるんだよ。あたしたちもね、震災以来、地域の復興に力を尽くしてきたんだよ」
「そうですか。ご苦労様です」
その一方で、美咲はサブリーダーの方を確認するように見つめる。
「で、ね、もし、君たちが何かしたいというなら、十分あたしたちに説明してくれないとね。じゃないと、ほら、これまで頑張ってきた人たちの顔向けもできなくなるんだよ」
「……」
美咲は様子を見ている。
「特にね、世の中はバランスなんだよ、バランス。君たち若い人たちはね、考えが浅い場合もあるんだよね。そこを理解してほしいね」
そいつは、少し調子に乗ってきたようだ。
「バランス? 食料の横流しのことか?」
それまで黙っていたサブリーダーが突然、会話に割って入った。
空気が変わった。
「おい、口の聞き方に気をつけろよ。また、お仕置きがいるのかい?」
お、こいつ、一気に仮面を剥いだ。ダークサイドが顔をだす。
背後を振り返り、何か合図する。
ドアの外から、足音。さらに10人ほどの男たちが入ってきた。手にはバットや木刀を持っている。
さらに美咲が指導していたボランティアの女の子たちを引きずり込んで床に座らせた。
場が凍りついた。
「やめてください!」
美咲が感情的に声を出す。
だが、その声をかき消すように、バットの音が響いた。
パソコンが打ち砕かれ、モニターのガラスが飛び散る。
奴らはせっかくのシステムをめちゃめちゃにしてゆく。
「こういうものはね、いざって時は役に立たないんですよ」
あまりのことに全員が凍りついた。
「なんてことを……恥を知りなさい!」
美咲がスーツ男を睨む。
男のニヤニヤ笑いは止まらない。やつはゆっくり美咲の前に立った。
「気が強いお嬢さんだ。少し教育が必要なようだね。僕が特別に教えてあげよう」
彼女の顔に手を回す。美咲が首を激しく振る。しかし、椅子に括り付けられているのでそれしか動けない。
今度は彼女の後ろに回った。
いきなり背後から美咲の胸へ手を伸ばす。
そのまま両手でそっと彼女の豊かなバストを下から揉み上げた。
「私は女性を気持ち良くさせることが得意でね……」
そいつはだらしない笑顔を顔に貼り付けている。
丸い指先は美咲の薄いTシャツ越しの感触を楽しむように動く。
突き出した美咲の頂点めがけて這い進む。
美咲が激しくかぶりを振る。頬に赤みが差しているようだ。
そいつの指先が両側から先端の小さな膨らみを摘んだ。
瞬間、ガクンと彼女の顎が上がった。食いしばった口から吐息が漏れる。
そばにいる全員が催眠術にかかったように息を呑んでその様子を見つめていた。
やつは手を休めない……。
今度は右手を美咲の豊かな腰に伸ばす。ジーンズのチャックに手をかけた。少しずつ下げてゆく。白い布が覗く。
「ペッ」
美咲がそいつに唾を飛ばす。だけど余裕でかわされる。
「いい子でいなさい。大人に任せればキモチ良くなれるんですよ」
その言葉で僕の目が覚めた。
脳みそのサーキットブレーカーがブチギレる音がした。
縛られた状態のまま椅子を蹴ってそいつの腹に頭突きをかました。
スーツの親父と僕は床に転がる。
僕はすぐに脇に控える青年に首を掴まれ散々殴られた。
スーツ野郎が埃を叩きながら立ち上がる。
「失礼なことをするね。スーツが汚れちまったじゃないか」
そいつは後ろ向きに片手をさし出した。後ろのチンピラが金属バットをその手に渡す。
「おい、この小僧を抑えとけ。ホームランをかっ飛ばしてやる」
キレてやがる。
そいつが気取ったポーズでバットを振りかぶった。
「やめてー!」
美咲が叫んだ。
「ブーン」
バットは空振りした。
僕は手首を押さえながら椅子の後ろに立っていた。
囚われた時の最後の手段、縄ぬけだ。親指の関節を外して手錠とか縄などに縛られた場合に抜ける術だ。
だが、これをやるには気合と覚悟がいる。関節を外すのだ、戻しても回復まで痛みが残る。
自由になった腕を支点に足を交差、縛っていた結束バンドを切断した。
もう許せねぇ。
「おい、ちゃんと縛っておかなかったのか?」
スーツが青年に怒鳴る。
「こいつを片付けろ」
青年が両手を上げて飛び掛かってきた。
こいつ、柔道だな。
僕は呼吸を整える。そしていつもの言葉を早口で唱える。
『人を殺めることをお許しあれ』
第二の人格が目覚める。風景がスローになる。
僕は地面を転がる。やつの腕の下をくぐり抜けながら、割れたモニターのガラスのかけらを拾う。
青年が左足を軸にして方向転換、僕を掴みにくる。
その動きは予測していた。
腕の正中を外す。そのまま外側を進み、モニターのガラスで首の頸動脈を切った。
パッと真っ赤な霧が広がる。やつは首を右手で押さえている。その手の中からどくどくと血が溢れてゆく。
その量にスーツも含め全員ショックを受けている。
「もう、やめろ!」
僕が一歩踏み出すと、10人の視線が一斉にこちらに向いた。歯を剥き出している。
もう止められないだろう。
空気がぴんと張り詰める。心臓の鼓動がゆっくりになる。
呼吸を整え、重心を落とす。
金窪流の、多人数を相手にする型、“円殺(えんさつ)”
中心を動かさず、敵を円の外に弾く。呼吸とともに、踏み込み、払う。
「死にやがれぇー」
一気に奴らが襲いかかってきた。
最初の1人の顎に掌底。
回転して2人目の脇腹に肘打ち。
3人目の足を払って、転倒と同時に首元を押さえる。
木刀が振り下ろされる。それを半歩ずらして避け、肩に重心を落として相手を地面に叩きつける。
数秒後に10人は立っていなかった。
全員、恐怖の目で僕を見上げている。
そう、今回、僕は特殊警棒は使わなかった。格闘術で倒した。だから、致命傷にはなっていない。1人を除いて。
静寂。
崩れたパソコンの破片の間で、美咲が僕を見ていた。
その表情は、何か、見たことがない奇妙な影が差している。信頼、いや、冷酷?それとも恐怖?
その時、拍手が聞こえた。ゆっくりと、スーツの男が立ち上がる。
「見事だね。まさか、ここまでやるとは思いませんでしたよ。伊庭さん、出番です」
ドアを開ける新たな足音。1人の大柄な男が現れた。
半袖から覗く筋肉、太い木刀。白髪が目立つ引き締まった顔の真ん中には威力のある目。
「示現一水術、師範、伊庭宗次」
その名を名乗る声に、周囲がざわめいた。
まさか、こんな場所で師範かよ。
「僕はこう見えて、古流マニアなんだ。お前の型、面白い」
そいつは、太い木刀を下げている。そして、構えを取った瞬間、空気が変わった。
僕も落ちていた木刀を拾い上げる。こいつには相応の心構えが入りそうだ。
風が止まった。海の音すら遠のく。ただ、互いの呼吸だけが響く。
「チェストォー」
凄まじい気迫の圧力。
伊庭が先に動いた。
踏み込みが速い。一撃で木刀が唸りを上げる。
示現一水流の“初太刀”──全てを断ち切る渾身の一撃。僕は身をひねり、刀筋を紙一重で外した。
一気に距離を取り直す。風圧で頬が裂ける。
やばい。これはガチだ。
金窪流剣術の本質は、受けない。殺すか、逃がすか。それだけ。そして、そのための加速術。
僕は、歩みを止めない。距離をとりながら呼吸を整える。精神を集中する。
今回は一段上のレベルに上げないと不味そうだ。
一種のゾーンに入る。視界は、対面するやつに絞られる。世界がスローダウンしてくる。
次の瞬間、踏み込む。
伊庭も神速で打ち込んでくる。受けても無駄だ。そのまま木刀ごと打ち切られるだろう。
左腕の軌道を読む。一か八かだ。こいつは右利きに違いない。
そいつの倍速で左懐に体を差し込んでゆく。その木刀の軌道は僕の僅かに右側に落ちる。
僕はそのまま直進。すれ違いざまに、木刀の柄を伊庭の肋骨に叩き込んだ。
骨が折れる感触。3本は折ったはず。
双方すれ違う。
そいつは踏み止まった。倒れず、殺気のままに次の太刀で襲い掛かって来た。
だが、僕はもう、そこにはいなかった。
回転しながら背後を取る。そのまま重心の乗った奴の足関節を蹴り込む。
たまらず伊庭が膝をつく。
隙ができた。僕は木刀を振りかぶる。
そして、奴の額の寸前で止めた。
「終わりだ」
沈黙。
ホテルの外の風が、ようやく戻ってくる。伊庭は息を荒げながら、静かに笑った。
「負けた。だが、あんた、本物だな。今の世に、まだ“武”を知る人間がいたとは」
彼は木刀を杖になんとか立ち上る。スーツの男に目を向けた。
「もうやめましょう。これ以上は無意味です」
スーツ男は舌打ちした。
「おい、小僧にお嬢さん、これで済んだと思わない方がいいからな。これから先は俺みたいに紳士が相手じゃないからな。それから伊庭、『将軍』に報告するから覚悟しておけよ」
スーツは背を向けた。SUVが去る音。
「そうだ、あいつを」
そういうと、先ほど首から血を流して倒れた青年を探す。
そこで見たものは、気を失った青年を抱きかかえ、タオルで必死に血を止めようとしている美咲とボランティアの女性たちだった。
その姿に伊庭は驚きを隠せない。すぐさま手ぬぐいを取り出すと美咲と青年のところに駆け寄った。
「私がやろう」
美咲の代わりに倒れている青年を抱き上げた。
指を首に回しツボを探っている。逆の手ではタオルで傷口を押さえた。見る間に血が止まる。
どうやら特別な止血術を心得ているようだ。
「よし」
青年の腕を肩に回し抱え上げる。
「おい、行くぞ、手伝え」
慌ててわかり連中が駆け寄る。
急に伊庭が振り向いた。
「美咲さんと言ったかな、こいつをありがとう。あんたに酷いことしようとしたやつにも情けをかけてくれた。この御恩は絶対返す」
そして僕の方を向く
「小僧、負けた。もう手は出さないように社長には言っておくよ」
彼らは去っていった。
残されたのは、暴力の匂いと、壊れたパソコン。
僕は呼吸を整える。そして終わりの言葉を呟いた。
『感謝します』
美咲が僕のもとに駆け寄る。
「怪我したの?」
僕の頬から血が垂れていることに気がついた。
「あなた、相手のことより、自分の心配しなさい。隼人が倒れたら、あたしは……」
その声に驚いた。彼女を見る。涙がにじんでいた。その泣き顔。あんな目に遭いながら他人を一番に心配する美咲。
僕は、何をいうべきか、深く感動してしまっていた。
数日後。平野塚地区の避難所は立ち直り、システムが稼働し始めた。
奴らはそれ以来、姿を見せてない。うまく伊庭が止めてくれているようだだが、あのスーツ野郎、正気じゃない。最後に不気味な捨て台詞も吐いていった。引き続き用心はしなければならないだろう。
鎌倉、逗葉浜、三浦、平野塚地区。この四つの主要拠点が完全に連携し、物流が円滑に回り出した。まるで、壊れた日本の片隅に、新しい神経網が再び芽吹いたようだった。
僕は、美咲と並んで夕暮れの海を見ていた。波が、ゆっくりと砂を撫でる。
「ねえ。」
彼女がぽつりとつぶやいた。
「もし、このままシステムが全国に広がったら……どうなるんだろうね」
「さあな。でも、たぶん次に動くのは、奴ら、東アジア救援軍だろうな」
潮の匂いの中に、微かに鉄の香りが混じり始めたようだ。
<エンジェル=ルーズベルトのシステムレポート:平野塚地区がシステムに加入完了。現在の接続避難所数は4箇所。量子コインの使用者数は8千人>
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