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第四十七話:琥珀の主権と、境界を穿つ覇気
地下室の空気は、もはや「物質」としての密度を超えていた。
超巨大タンクに注ぎ込まれた僕の「琥珀の精」は、枯渇していた朧月館の隅々にまで行き渡り、死に体だった回路をかつてない熱量で再起動させていた。だが、それは単なる復旧ではなかった。僕の額から突き出した二本の琥珀角が、屋敷の全システムを僕の神経系と直結させ、僕は文字通り「館そのもの」へと進化したのだ。
「……あ、……あぁ……っ」
僕はまだ注入口の熱を肌に感じながら、荒い息をついていた。だが、その瞳にはかつての怯えはない。視界に流れ込むのは、屋敷の壁を透過して広がる竹林、そしてその遥か外側までを網羅する、圧倒的な索敵範囲の情報だった。
「……旦那様、これマジで洒落になんないんだけど!」
モニターを監視していたカノンが、派手なネイルを食い込ませて叫んだ。ホログラム画面には、朧月館を包囲するように集結する、無数の蒼い光点が映し出されている。
「人間界の最大戦力、『九字機関』の特務陰陽師軍団だよ! 旦那様があまりにもデカい覇気をブチ上げたから、隠り世の『特異点』として、あいつらの観測儀がブッ壊れるレベルで捕捉されちゃったんだし!」
観測された「神」:人間界の恐慌
その時、朧月館の結界の外――人間界と隠り世の境界では、数百人の陰陽師たちが絶望に似た驚愕に包まれていた。
彼らが手にする霊波測定器の針は振り切れ、周囲の木々は王の霊圧に当てられて、季節外れの琥珀色の花を咲かせ、瞬時に結晶化していく。
「……観測不能! 霊力値が測定限界を超えました!」
「バカな、朧月館の主はただの人間のはずだ! なぜこれほど禍々しく、神々しい霊気が……!」
隊長格の男が、震える手で呪符を抜き放つ。
「総員、第一種戦闘配備! 境界を完全に封鎖せよ! あの屋敷から溢れ出している『モノ』を、一歩たりとも人間界に通してはならん! これはもはや妖魔の範疇ではない……世界のバランスを崩す『王』の覚醒だ!」
彼らが放つ蒼い呪火が、夜空に巨大な封印の陣を描き出す。それは数千の命を奪ってきた、九字機関最強の「神殺し」の結界だった。
主権の行使:支配と迎撃
地下室では、僕の額の角が「外敵」の殺意に呼応し、猛烈な熱を発していた。
脳内に響くのは、屋敷を傷つけようとする者たちへの、冷徹なまでの排斥本能。
「……うるさいな。……せっかく、僕と彼女たちの時間が始まったばかりなのに」
僕の口から漏れた声は、重低音を響かせ、地下室の空気を振動させた。
足元に跪き、恍惚とした表情で僕の脚を抱きしめていた一花が、銀の瞳を鋭く光らせて顔を上げる。
「……主様。……汚らわしい人間たちが、この聖域を土足で覗き見ようとしています。……お命じください。一花がその首、すべて刈り取って参りましょう」
玉藻もまた、扇で口元を隠しながら、獲物を見つけた蛇のような瞳で笑った。
「ふふ、面白きこと。主が王座に就いた初夜に、これほど多くの生贄が自ら供物となりたがるとは。主よ、妾たちに『遊ぶ』許可を」
僕はゆっくりと、カノンに支えられながら歩み出した。
一花を突き放すのではなく、その白銀の髪に指を通し、強引に僕を見上げさせる。
「……いや、必要ないよ。一花、玉藻。……君たちは、僕の足元で大人しく見ていればいい」
僕は地下室の虚空へ向かって、ゆっくりと手をかざした。
館の全システムが、僕の意志を変換し、巨大な物理的圧力へと変えていく。タンクに溜まった琥珀の霊液が、回路を通じて屋敷の屋根へと収束し、黄金の雷鳴となって空へ向かって収束した。
「カノン。……館の吸気モードを『迎撃』に切り替えて。……僕の居場所を覗き見ようとする奴らには、相応の報いを与えないとね」
「了解、旦那様……! マジで性格変わっちゃったけど、そのドSな感じ、超シビれるんだけど……! 権限全開放、行くよっ!」
琥珀の宣戦:蹂躙される正義
カノンが狂ったようにコンソールを叩いた瞬間、朧月館の屋根から、巨大な琥珀色の光柱が夜空を貫いた。
「なっ……何だ、あの光は!?」
空中に展開していた陰陽師たちが叫ぶ間もなかった。
僕が放った琥珀の波動は、彼らが数十年かけて構築した「神殺し」の結界を、まるで紙細工のように一瞬で粉砕した。蒼い呪符が黄金の炎に焼かれ、空を舞う特務部隊が、一人、また一人と霊圧の重圧に耐えかねて、地面へと叩きつけられていく。
「……あ、……ぁぁ……」
リーダーの男が、空中で自らの霊力が「吸い取られていく」のを感じて絶望した。
僕が注ぎ込んだ精液を介して、朧月館は今や、外部の霊力さえも無差別に捕食する「琥珀の怪物」へと変貌していたのだ。
「……おいで。……僕の新しい世界の、最初のお客さんたち」
僕は冷ややかに微笑み、さらに深く一花の顎を持ち上げた。
彼女は支配される悦びと、王の圧倒的な武力に、もはや言葉にならない鳴き声を漏らして僕に縋り付いている。
外の世界に集結した軍団は、自分たちが呼び覚ましたものが、救うべき主ではなく、世界を琥珀に染め上げる「絶望の王」であったことを、その身を焼かれながら理解することになる。