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おまる
数日後────
大型展示場にて
新製品のプロモーションイベントのため、私は高瀬くんを連れて出張に来ていた。
社外の人間がひしめくこの場所では、私は完璧な「佐藤課長」でいなければならない。
「佐藤さん、お疲れ様です。相変わらずお綺麗ですね」
声をかけてきたのは、以前から何度か顔を合わせている他社の営業マンだった。
仕事の話を適当に受け流そうとしたが、彼は少し強引に私の距離を詰めてくる。
「この後、打ち上げも兼ねて二人でどうですか? 良い店を知ってるんですよ」
「いえ、今日は同行の者もおりますので……」
私が困惑して一歩下がると、彼は私の手首を軽く掴んだ。
かつてのトラウマが、一瞬だけ背筋をかすめる。
「そんな硬いこと言わずに。…お堅い女は嫌われますよ?…おや、そのお隣の方は? 新人さんかな?」
彼は私の後ろに控えていた高瀬くんを、品定めするような、小馬鹿にした目で見やった。
その瞬間、周囲の空気が一気に冷え切ったのが分かった。
「──すみません、そこまでにして頂けますか」
低く、有無を言わさない声。
高瀬くんが私の横に並び、私の手首を掴んでいた彼の腕を、ギリリと音が出るほどの力で掴み返した。
「な、なんだ君は。……痛い、離せ!」
「彼女、俺の『連れ』なんで。……無粋な真似は慎んでください」
「連れ…?会社の上司だろ……っ」
「今は仕事の話なんてしてませんよ。……行こう、凛さん」
高瀬くんは男を突き放すと、私の肩を抱き寄せ、そのまま強引に歩き出した。
会場の喧騒を抜け、人影のまばらな非常階段の踊り場まで連れて行かれる。
「……高瀬くん、ちょっと。あんな態度、仕事に響いたら……」
「知りませんよ、あんな奴。……あんな風に触られて、黙って見ていられるわけないでしょ」
彼は私を壁際に追い込むと、両手を私の肩について、逃げ場を塞いだ。
その瞳は、嫉妬と怒りに燃えている。
「……すみませんけど俺、今めちゃくちゃ嫉妬してるかもしれません…あの男が触ったところ、全部上書きしたいぐらい」
「……っ、」
彼の手が、私のジャケットの袖を通り越し、中の肌に直接触れそうなほど近くまで伸びる。
会社での「従順な部下」の顔は、もうどこにもなかった。
展示会場の華やかなBGMが遠くで鳴り響く中
私は彼の激しい独占欲に、ただ静かに飲み込まれていった。
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