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■第2話「音を失くした少女」
──音が怖い。
そう思ってから、いつのまにか音が消えていた。
カナの耳は機能しているはずだった。医師もそう言った。けれど彼女には、世界がまるで音を隠しているように感じられた。
ある日、目が覚めると、知らない場所にいた。
空気が、うすく甘い。けれどどこか埃っぽく、しんと静まりかえっていた。声を出そうとしても、喉が開かない。振り返ると、果てしなく続く本棚。そして天井の代わりに、ゆっくり回転する円形の文様。紙が降っているような、星のような、でも明らかに“文字”だった。
カナは、無音の中で歩き出す。彼女の姿は、小柄で中性的。白いパーカーの袖は指先まで隠れ、膝丈のワンピースに黒いレギンス、髪は切りそろえたボブ。耳を覆うようにヘッドホンをつけている──電源の入っていないそれが、彼女の“防音壁”だった。
「音を、取り戻したいですか?」
不意に現れた人物。ブックレイ。金属のような質感の外套に、ページの端がひらひらと揺れている。顔はのっぺらぼう、だが瞳の奥で文字が波打つように動いていた。
彼は、カナに一冊の小冊子を差し出す。
「これは“音のない劇場”の物語です。音楽の代わりに、光と動きで演じる舞台。あなたはそこに、観客としてではなく──役者として入るのです」
カナは戸惑いながら冊子を受け取った。
その瞬間、足元が透けていく。床が光の粒に変わり、彼女の体が吸い込まれるように沈んでいく。
“夢か、現か”。
わからない。でも、なぜか涙がこぼれていた。
音のない世界で、彼女は何を“聞く”のだろうか。